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初めてのクリスマス

11月に入り、街が徐々にあの雰囲気に包まれていく頃、オレは何とはなしに口に出した。 「静さん、そういえばクリスマ」 「受験生にクリスマスなどない」 全て言い終わらぬうちに却下された、あの行事。 確かに、この受験本番を目前に控えた時期にクリスマスだなんだと浮かれている暇はないのはわかる。 更に言えば静さんはクリスマスなどさして興味がなさそうだ。 しかし、受験生にだって息抜きは必要だ。 12月24日。 オレは密かにプレゼントを持って、二人の愛の巣へと帰宅した。 *** 「ただいま〜」 家に入るなり、肉の焼けるいい香ばしい匂いがした。 新婚当初はどうなるかと思われた料理当番だったが、元々凝り性だった静さんが瞬く間に腕を上げ、今ではそこら辺のレストランより全然美味い、とオレは思っている。 ちなみにオレは未だに包丁を持つことを許されていない。 「おかえり」 「何作ってるの?」 キッチンに直行し、何やら作業をしている静さんを背後からぎゅっと抱きしめと、「ちょっと」と軽く咎めるような声があがった。 「出来上がってからのお楽しみ」 「わー楽しみすぎる!」 さらにぎゅっと腕に力を込める。すると、静さんが慣れたように振り返ってきたので、オレもいつものようにちゅ、と軽く触れるだけのキスをした。 「おかえり」 「ただいま」 当初は戸惑っていた静さんだったが、オレがめげずに続けているうちに「いってらっしゃい」と「おかえり」のキスを習慣にすることに成功した。 「もう、コートも着たままで…早く手洗ってきて」 「了解でーす」 *** ーークリスマスなどない。 と言った静さんだったが、用意された夕飯はどう見てもクリスマスを意識したものだった。 サラダにバケット、そしてローストビーフとシチュー。 「うっわぁぁぁ…」 並ぶ御馳走に感嘆のため息が漏れる。 「めっちゃクリスマス…」 「一応ね」 そう言うと静さんは少し照れたように肩を竦めた。 「さ、食べよ」 「あ、その前に」 「ん?」 オレは持って帰ってきた荷物を出す。 「じゃーん」 取り出したのは小瓶のシャンパン。 高級なものではないけれど、飲みやすいやつ…らしい。 本当は何かちゃんとしたプレゼントを用意したいところだったが、このところますますレッスンが増えバイトもロクに入れないオレが、分不相応な物を渡しても、きっと静さんはあまり喜ばないだろうから…消えものだけど楽しい時間の思い出に残るものをと考え、こっそり兄貴に手配してもらったのだ。 「え…?シャンパン?」 実は、静さんが飲酒しているところを見た事がない。以前ちらっと聞いたとき「たしなむ程度に…でも一人で飲みたくなることなんか滅多にないから、機会がない」と引きこもりらしいことを言っていた。 「そう!こんな日くらい飲んだら?と思って」 「でも、悠真は飲めないよ?」 意外とこういうところに厳しい静さんが念を押すように言うので、オレは仕方なく「…うん」と頷いた。 けれど、すぐに微笑んで 「…嬉しいな…ありがとう」 と言ってくれる静さんを見ていたら、それだけで心の中が暖かいものでいっぱいになる。 他人の喜びが、こんなにも深い自分の喜びになるなんて、静さんに出会う前は知らなかった。 「悠真にはシャンメリーがあるからね」 「…ありがと…」 *** 一通りの食事を終えると、二人でソファーへ移動した。 「悠真…大丈夫…食べ過ぎじゃない…?」 「だって…美味しくて…」 本当は後片付けをしなくてはいけないのだが、静さんの料理はどれもこれも美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまい、苦しいお腹を休めなければどうにも動ける気がしなかった。 そんなオレを心配するように、ほんのりとアルコールの匂いのする静さんが横に寄り添っている。 いつもより赤い顔、とろんとした目が可愛いやらセクシーやらでたまらないのだが、如何せん今はお腹が苦しくて身動きが取れない。 静さんも静さんで動くのが億劫なのか、オレに寄りかかってまったりとしているようだった。 「ね、クリスマスってこんな感じなの?」 ふと思い出したように静さんが喋りはじめた。 「あ、でも悠真のクリスマスはド派手なパーティーとか、お抱えシェフの作ったすんごい豪華なディナーが並ぶとか…海外で過ごすとか…なんか規模感違いそう」 「…そんなイメージ?」 「そんなイメージ」 「ないない!全然普通だよ。てか最近家であんまりクリスマスとかしな…」 「へー。最近はどんな?」 「と、友達と…」 失敗した。 別に静さんはオレが昔誰と付き合ってたとかそういうことを全く気にする様子はないし、むしろどんどん聞きたがるが、だとしてもクリスマスイブに昔の恋人の話とかありえない。 誤摩化すようにオレは昔の話をした。 「子供の頃はクリスマスが楽しみだったなぁ…でもサンタさんがいないって知ったらちょっとテンション下がったよね」 「そうなの?」 眉尻を下げ、くすっと静さんが笑う。 酔いもあるのか、今日は相当機嫌がいいらしい。 「あとは…確かに海外に行ったこともあるよ。そうそう、ドレスデンのクリスマスマーケットに…子供ながらにすっごく綺麗だなって思ったな…」 「へえ…」 「いつか一緒に行こうね」 「ん…」 こめかみにキスをすると、静さんの長い睫毛が揺れた。 それから少し間があって、静さんが独り言のように喋り出した。 「ほんとは…羨ましかったのかも…」 「え?」 静さんがオレの手をぎゅっと握ってきたので握り返すと、ふ、と笑ってくれた。 「この時期になると、街中がなんとなく浮き足立つでしょ。音楽とか…イルミネーションとか…。でも、ぼくには関係のないことだから…。そう思って見ないようにしてきたんだ」 「静さん…」 「サンタさんは枕元にプレゼントを置いてくれるんでしょ?」 いつの間にか悠真のところには来なくなったみたいだけど、とおどけて言うけれど、切なくて胸が締め付けられるようだった。 「ぼくには全部都市伝説みたいなものだったよ」 静さんの身の上を考えると、クリスマスとは無縁だったのも頷ける。 「初めてネットでクリスマスのこととか調べちゃった」 照れ笑いを浮かべながら、でも心底楽しそうにそう言う静さんは、本当はもしかして、オレよりずっと今日を楽しみにしてくれてたのかもしれない。 堪らなくなってぎゅっと抱きしめて、静さんの頭に顔を埋めた。 「静さん、来年はもっと楽しいクリスマスにしようね。オレも酒飲めるようになってるし、何より受験生じゃないし!」 「あ、ちゃんと受かる気でいる」 「勿論です」 断言すると、静さんが「うん、知ってる」と呟いたのが聞こえた。 暫く抱きしめていると、呼吸が次第に規則正しい寝息に変わっていった。 *** 「…ん…」 昨晩はあの後、静さんをベッドに運び、そのままちょっと横になるつもりが気がついたら熟睡していたらしい。 目を覚ますとガッツリ朝のようで、横に寝ていたはずの静さんの姿がない。 何時かと思い、半分眠っているような状態で枕元の時計を探るとガサっと覚えのない感触がした。 「んんー?」 何だ?と思い、少しだけ顔を上げて様子を見るとそこにはーー 「静さん?!」 大慌てでキッチンに駆けつけると、朝食の支度をしている静さんが「おはよう」と言って振り返る。 「これ…!」 そう、枕元にはプレゼントが置かれていたのだ。 「ああ、悠真にもサンタさん来たんだ」 「え?「も」?」 「ぼくはだって、目が覚めたら悠真が横にいたもの」 そう言って満面の笑みで笑う静さんにオレは返す言葉がなくて思わず唸る。 「〜〜〜!!!!」 どこか満足気な顔をしていた静さんがすたすたと近づいてきた。 「悠真」 「ん?」 「メリークリスマス」 そう言うなり、静さんは背伸びをし、両手をオレの首に回す。 「…メリークリスマス」 本当に、悔しいくらい静さんには敵わないなぁ…、そんな風に思いながら、オレは静さんの柔らかい唇を愛おしむように食んだのだった。

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