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番外編 Cry for you.

※スピンオフ、『LOST CHILD』と連動した内容の為、両作既読の方向けです。   ◆◆◆◆◆ 「あっ、あ……っ」  身体の奥を穿たれるたびに、くらくらと視界が揺らぐ。  指と舌と、今正に芳を貫いている熱塊によって散々蹂躙された体内から、重ったるい水音が響いている。  執拗に弱い箇所を攻め立てられ、芳はぶるりと身を震わせた。  もう何度目かもわからず、達したところで吐き出すものも殆どない。既に自身の体液で汚れた腹に、数滴の雫が落ちた。  普段なら芳が達すれば暫くは余韻に浸らせてくれるはずのパートナーだが、この日は一度も休ませてはくれなかった。  絶頂を迎えて震える身体を容赦なく引き起こされ、座った姿勢で更に奥を抉られる。 「ああっ……! ん、ぁ……っ」  強すぎる快感に目が眩んだけれど、それでも芳は制止の言葉を決して口にしない。  今日の芳の役目は、珍しく波立ったパートナーの心を鎮めることだからだ。 「っ、英ちゃん……」  肩口に荒々しく歯を立てる英司の髪へ、宥めるように指を梳き入れ、顔を上げるようそっと促す。  互いの間を隔てる眼鏡も今は無く、代わりにいつも涼しげな英司のアメジスト色の瞳が、まるで水面のように静かに揺れている。少し乱れて額にかかる前髪が、その瞳に一層影を落としていた。  英司がこうして芳を求めるときは、決まって何かを───誰かを失くしたときだ。  医者である英司は、常に人の命の際に居る。  一見平和で長閑なこの町にも、時と共に消え逝くものは必ずある。英司がどれだけ手を尽くしても、繋ぎとめられずに零れてしまうものはある。  一つ年上の芳より、英司は余程落ち着いているが、それでも芳は知っている。英司がいつも、心の中では失うことに怯えているのを。  冷静沈着な若くて頼もしい医者の胸の内は、きっと芳以外、知る由もないし、それで良いと思っている。芳も、そして恐らく英司も。  獰猛な行為とは対照的に、後悔とも悲哀とも取れる表情を浮かべた英司の頬を、芳はやわらかく両手で包み込んだ。  ───大丈夫。  俺は失くならないから。  だから全部、俺の中に吐き出していいよ。  口には出さない言葉の代わりに、想いを込めた唇を合わせる。 「芳さん……」  患者の為にも、その家族の為にも、この町の人々の為にも決して涙を流せない英司が、芳の名を零して強く背を掻き抱いた。その手が、英司の為に伸ばしている芳の髪を握り込む。 「今日、Ωの子が流産したんだ」  肩口で不意に落とされた呟きに、思わず一瞬目を瞠る。  この町に暮らすΩは、芳の他には熊谷のパートナーである麒麟だけだ。麒麟のことを言っているなら、英司がわざわざ「Ωの子」なんて言い方をするとは思えない。 「……もしかして、前に『新しい問題児』って言ってた子?」  もう何ヶ月前だったか、麒麟の友人だというΩの青年を診ることになったと、英司が話していた。色々と訳ありらしく、芳や麒麟の前例があるので『新しい問題児』と英司は苦笑混じりにそのとき呼んでいたが、もしかするとその後悔もあるのだろうか。英司は肯定も否定もしないまま、独白のように続けた。 「本人も僕も、覚悟は出来てた。こうなる可能性も承知の上だったはずなんだ。でも、覚悟で命は繋ぎとめられない。僕に出来ることは、二度も命を失ったあの子の身体を診ることだけだ」  英司の声が、薄暗い寝室に静かに溶けていく。芳も、ただ黙って耳を傾けることしか出来なかった。  芳は英司との間に三人の子供を授かった。  二度目の妊娠で双子を身篭ったときはさすがに驚きはしたが、一人目も英司に取り上げてもらっていたし、むしろ英司が居るから安心だと思っていた。  ───目の前に見えるものだけが、命じゃないのにな。  この町の為になるならと、Ωの自分にはそれしか出来ないからと、子供を産むことばかり考えていたけれど、それが叶っただけでも、芳は恵まれたΩだ。  日々の時間の中で、つい忘れそうになってしまう、平穏という幸せ。  生きているという奇跡。  例え成す術が無かったとしても、それらが目の前で崩れてしまうのは、芳でも苦しい。失うことを誰より嫌う英司の苦しみは、きっとそれ以上だ。  それでも、英司は「苦しい」とは口にしない。決して涙も流さない。  最も苦しくて涙を流しているのは、小さな命を失ってしまった本人だから。  声を荒らげることも、愚痴を零すことも、当たり散らすことも、酒に溺れることもしない英司の内で暴れる、行き場のない感情を、せめて受け容れる器でありたい。  英司が医者として、この先も命に向き合えるように。  一度は失いかけた自分自身の命の重みを、忘れないように。 「……俺が泣くまで、好きにしていいよ、英ちゃん」  芳の言葉に、英司が噛み付くようなキスで応える。甘い言葉も、焦れったい快楽も今は必要ない。  泣かない英司の分まで、芳は泣く。  どうかこの先、英司が失うものが一つでも少ないようにと願いながら。

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