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出会い

 命の証が土から顔をだす春。まさかこんな場所で出会うとは予想していなかった田崎は一瞬言葉を忘れた。  瑞々しい若さ。朝露を湛えた若葉のような姿に眩暈を覚える。 「こんな……ところに」 「何を観ているかと思えばアレか」  社長が背後に立ったことにすら気が付かなかったとは。田崎は自分が熱っぽく見つめていた対象から視線を外す。社長に表情が見えていないことが救いだ――窓ガラスに映っていない保証はないが。内心の動揺を無表情に隠し社長の言葉を待つ。 「毎年同じ顔ぶれじゃ面白くないだろう。毛色の違うものを入れたくなってな」 「相変わらず気の多いことで」 「秘書の分際でそんな口を利けるのは田崎くらいなものだ。まあ、お互い知らない仲ではないから大目に見よう」 「ビジネスライクな関わりだったはずです」 「ふふふ、そうだな。だが楽しんだはずだ、お前も」  楽し気に笑う生田の様子から、自分の心は漏れ出ていないことを知り田崎は胸を撫でおろした。  田崎は生田の秘書を5年以上務めている。生田との関係は1年程続いた。つねに行動を共にし、出張も帯同している田崎を生田が口説いた。  愛だの恋だのといった感情が一切介在しない欲のみの関係。互いに出先で相手を探す必要がなく、欲望に火がつけばすぐに手を伸ばせる。  だが生田は飽きっぽく目移りを繰り返す男だった。1年の継続は長い部類だし身体の相性を含め田崎を気に入っていたが、性分までは変えられなかった。しかも生田はバイセクシャル。男ぶりもよく金を持っている生田に言い寄る男女が列をなしている。 「だが、まさかお前を与志之(よしゆき)に盗られるとはな」 「ビジネスライクな関係に盗った盗られたは当てはまりません。それに口説いて来たのは与志之です」 「手に入れるには口説くのが一番手っ取り早いのさ」  田崎は緩く微笑むだけに留めた。 「さて、打ち合わせをすませてしまおう」 「自宅に呼びつけるくらいですから重要なことですね」 「ああ、会社では言いにくいこともある。どこに目と耳があるかわからんからな」  生田が背を向け書斎に向かうため足を踏み出す。田崎はこっそり振り返り、窓の向こうに見える彼を盗み見た。都会の片隅に静かに佇む姿に見惚れる。  美しい……これからどう変わっていくのか想像したら腹の底からむくりと欲望が首をもたげる。田崎にそれを抑える術はない。 『君を絶対に手に入れる。逃がさない』  田崎は心の中で決意を言葉にした。

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