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★とある酒場の看板娘(本当は男)と、とある男の後日談★

* * * ここは、ミラージュという世界に存在する小さな村。 海が近くに広がり、アンテッドと呼ばれる魔物達が御用達にしている酒場には毎夜賑やかな声が響き渡っていた。 そう、そんな賑やかな酒場でかつては看板娘として働いていたのだ――でも、それも以前の話____。 カウンターで肘をつきながら、《酒場の看板娘》として名高かったはずのティーナはボーッとしながら正面にある木の扉を見つめるばかりだ。 ここ最近、めっきり客が訪ねてこない。 それもそのはずで、以前の賑やかな酒場の光景があったのは――ひとえに常連客だった【アンテッドのみんな】のおかげだったからだ。 とあることが起こって、本来訪ねてくる予定のなかった《ダイイチキュウで暮らしていたニンゲンとエルフの一行》が酒場に関する根深い問題を解決してから【アンテッドのみんな】の魂は浄化して天へ召されていった。 それと同時に、一風変わった常連客達は姿を消したせいで今じゃたまに隣村にある《貴族》が住まう領地へ行くのを目的とした商業者やその途中にあるギルドを訪ねるために冒険者が日に二人か三人――最大でも十人程くればいいものだ。 それでも、常連客が完全にいなくなったわけじゃないのが救いだとティーナは何とかネガティブな思いをふりきってカウンターから少し離れま場所にいる二人組の方を見つめる。 (幼馴染みのウィリアムに――彼のお父さん……ここにレインちゃんがいないのが寂しいな……) 『さかばの、かんばんむすめで……おとうさんのお友達のおにーさん、これあげる!!』 彼女が生前に満面の笑みを浮かべながら、真っ赤な一輪の花を差し出してくれたことを思い出したティーナはふいにカウンターの端っこに置いてある花瓶へ目を向けた。 数年前まで、そこには満開に咲き誇る赤い花が一輪挿してあった。けれども、今は生気を失ってしまいカラカラにしおれてしまった花だったものが挿してある。 かつて、ウィリアムの娘であるレインと仲が良く親交があったティーナには――どうしてもその赤い花だったものを捨てることが出来なかったのだ。レインが、ウィリアムが突如として連れてきた出生不明の拾い子だった事情なんて関係なくティーナは彼女に対して愛情を抱いていた。いや、彼女が海の事故で命を落とした今でもそう思っている。 それゆえに、彼女との思い出が、全て消えてしまいそうで赤い花を処分することが何年経っても出来ないのだ。 稼ぎが少なくなって、日々を暮らしていくのに不安を抱きつつあるにも関わらずこの《酒場》をたためないのもそんな思いに縛られているのかもしれないと薄々気付きつつあった。 けれども、やっぱりティーには、この楽しい思い出に溢れた《酒場》を完全に失くして他の場所で新たな酒場を開く決心をする勇気が沸いてこない。 (どうにかして――酒場をこのまま畳まずに無難にお金を稼ぐ手立てはないのか……) などと、考えているとカウンターに座っている自分の周囲が薄暗くなったのに気付いて慌てて顔をあげた。 「おい、ティーナ……お前、いつもの元気がないけど具合でも悪いのか?眉間にシワが寄ってるぜ?」 「だ……大丈夫。だから、気にしないで……ウィリアムこそ船乗りのお仕事は大丈夫なの?そろそろ時間なんじゃ……」 といったところで、昨日にウィリアムとの間で起きたことを思い出したティーナは慌てて顔を背けてしまった。 昨日、二人きりになった時にティーナはウィリアムから短いキスをされた。しかしながら、彼が何を考えてそのような行為をしたのか分からずにずっとモヤモヤしていた。 愛の言葉もなかった。 だからこそ、これは挨拶なんだ――とモヤモヤする気持ちを無理やり納得させたティーナだったけれど、こうして再び彼と近距離で接すると胸が高鳴り思いとは裏腹に真逆の態度をとってしまう。 かつて、酒場の問題を解決する前のウィリアムは変人として有名で仕事にさえついていないダメ人間だったのに、今の彼は別人のようになっていて今は船乗りの仕事についている。レインの命を奪った海への恐怖心を克服し、彼はとても強くなったのだ。 そんな充実した生活を送り始めた彼に心配をかけたくない、とティーナは何とかその場を誤魔化しつつ再びどうしたら酒場を失わずお金を稼げるかという壁の解決策を頭の中で考え続け――夜は更けていくのだった。 * * *

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