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★ とある貴族の青年と、ある少年との後日談 ★

* * * その後の三人だけの茶会は、随分とひっそりしていて重々しいものとなってしまった。 レアムが先程から妙に気になって胸がモヤモヤしているのは、ガルフの自分に対する接し方だ。何故だか彼は此方に対してろくに目すら合わせようとしてくれない。 それでも、時々は目が合うこともあるのだけれども何故だかすぐにそっぽを向いてしまうのだ。 (何か……気に障るようなことでも言ってしまったのだろうか……それとも____) 胸がざわつき中々収まりがつかないことに気付いて廊下を歩いていたレアムは、ふと目線を下へ落とす。 すると、何故かは分からないが手にカップを持っていることに気付く。 ガルフが白銀の毛に覆われたワーウルフと呼ばれる狼獣人だということは覚えている。 そして、ガルフの相棒といえる名もなき少年のことも覚えている。 自分の名前も、そしてクロフォード城とその周りの領土を統括する貴族という立場なのも覚えている。 けれど、何故――今、カップを手に持って此処に突っ立っているのかどうしても思い出せないでいる。 こうなってしまうと、レアムはもはや困惑した表情を浮かべながら立ち尽くすことしか出来ないのだ。 何かしなければならないことがあった気がするのだが、いくら思い出そうとしても――どうしても思い出せない。 そうして思い出そうとすれば、するほどに段々と頭が締め付けられるように痛くなっていき、最悪の場合は目眩まで引き起こして、その場に疼くまることになってしまう。 以前は、レアムに仕える執事やメイド達がかしこまりつつ廊下の隅に立っていた。けれども、理由すら告げることなく急に彼らが出て行ってしまってからは誰もいない。 単なる飾りでしかない銀の甲冑を纏った騎士の像が無言で佇むばかりだ。レアムは暫くの間、音が一切存在しない静寂に包まれた場所に佇んでいたが、ふと――騎士の像が手に持っている剣がひとりでに左右へと揺れ始めたことに気が付いて、満足そうな笑みを浮かべると慌ててそっちの方へと駆け寄っていく。 何故なら、それは《合図》だからだ。 《彼》が、今そこにいるという合図___。 「そこに、いるんだろう?悪戯していないで、出て来てくれないか?」 レアムが剣が揺れ動いた騎士像の方へと声をかけると、少ししてクスクスとおかしそうな笑い声をあげながら、少年がレアムの前へ出てきた。 【あーあ、やっぱり気付かれていたかぁ。まったく、退屈で退屈で仕方なかったからね。まあ、キミもたいがい意地悪だと思うよ?何せ、これからお茶会をやるそうじゃないか。それだというのに、誘ってもくれないだなんて。おおかた原因は、あのガルフとかいう魔物男のせいだろう……そうだ、そうに違いないさ!!】 黒髪で、なおも愉快げに笑いながらレアムへと近づいてきた少年の体は生きている者と違って透けていてフワフワと空中を優雅に漂っている。 アンデッドという魔物とは、似ているようで異なる不思議な存在____。どこか遠くに存在する別の世界【ダイイチキュウ】とは違ってミラージュでは、そういう存在を何と呼ぶのか明確になっていない。これは、レアムが幼少期の頃にこの城のある地から遥か遠くの村にあるひっそりとした図書庫の中に埃をかぶっていた研究資料で学んだ知識だ。 ただ、幼少期に書物庫で読んだダイイチキュウという【異世界】についての資料には、体が透明で自由気ままに空中を漂う不思議な存在を【オバケ】と呼ぶらしいことを幼子による好奇心ゆえに既に知っていたレアムはそれと関わることについて、さほど恐怖心はない。 それに何よりも、その少年の【オバケ】はレアムにとっては尊敬すべき存在であるから、恐怖心を抱くこと自体が罰当たりだといえる。 「ああ、ガルフのことは……どうか悪くいわないでほしい。今の私は、彼らがいないと満足に生きてはいけないんだ。彼ら以外、私には何も残されていないから……あっ____」 少年の【オバケ】に誘導されるかのように、廊下を歩いていたレアムは、ふいに足を止めた。 ついさっきまで、自分の周りを気まぐれに漂っていたというのに、いつの間にか消えて姿が見えなくなっていたからだ。 「____って、ああ……そうか。キミはこの廊下にある肖像画の前を私が通るのが、嫌いなのだっけ。思い出せないことが多い私でも、それは分かるよ。何故、この肖像画が嫌いなんだ?かつて生きていた頃のキミは、こんなにも儚げで美しく、クロフォード城の次期主候補者としての威厳もあるというのに……もちろん、今でも____」 大きめな肖像画には、黒髪の少年が描かれている。 憂鬱げな表情を浮かべつつ伏し目がちだが、顔立ちの整っている美少年はレアムが高位貴族としてクロフォード城の主となるずっと前に《次期主候補者》として暮らしていた。 だが、突如として不幸な事故によって命を落としたとされている元高位貴族の少年だと認識している。 そう問いかけながら、肖像画の前を通り過ぎた途端に【少年のオバケ】がレアムの目の前に現れる。 といっても、実体はないのだから決してぶつかることはない。 【そうはいっても、嫌いなものは嫌いなのさ。あの肖像画を見ていると___何というか…………いや、そんなことはどうでもいい。それよりもあのガルフとかいう魔物男と得たいの知れない薄気味悪い子供と茶会をするんじゃないのかい?あーあ、まったくもって地下の方が居心地がいい。この廊下は特に、苦手だ。さあ、早く部屋へ戻ろうじゃないか】 そんな会話をしながら、部屋へ戻ろうと廊下の曲がり角を曲がろうとした時のことだ。 飛び出してきた名も知らぬ少年と、ぶつかってしまった。咄嗟のことで驚いたのか、名も知らぬ少年はどことなく慌てふためいているように見える。 いったいどうしたのか、と聞こうとしたレアムよりも先に名も知らぬ少年の方が口を開いた。 「あ、あの……っ____実はレアム様に会いたいとおっしゃっている方が階下の入り口の方でお待ちになっているのです。ええっと……__顔見知りである宝石商の方だとか。申し訳ないですが、対応をお願いしても宜しいでしょうか?」 こうして、レアムは退屈を持て余した【少年のオバケ】と共に階下の入り口へと行くはめになってしまうのだった。 * * *

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