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★ とある貴族の青年と、ある少年との後日談 ★

* * * 「____そうか。あの村外れにある奇妙なダンジョンと、それに関連するシェイプシスター退治の件は無事に解決したということだな。さすがは、私が目にかけただけのことはあるな。さて、これは約束通りの褒美だ。それを受け取ったら速やかにこの城から出て行くといい。何よりもヒト族ではないワーウルフ……おっと――失礼、魔物とヒト族が交わった存在である狼獣人の姿など見たくもないからね」 クロフォード城の主であるレアムは目の前に立つ二人を目に入れることもなく、溜まりに溜まった書類を要領よくテキパキと片付けながら、終わらせることのひとつとして二人に対して言わなくてはならないことを淡々と述べた。 目の前にいる二人のうち、白銀の毛に全身を覆われているワーウルフのガルフにとっては【呼び名を間違われたこと】よりも【姿など見たくもない】と言われたことの方が遥かに不快だったのだが、そんなことなど気にとめることもなくレアムはひたすら書類を纏め上げることに集中している。 そして、ガルフの傍らにいるボサボサ頭の少年はそんな一触即発になりかねない二人を止めることもなく無言のまま突っ立っているのだ。 「あの……お二人共、この期に及んでそのようなやり取りをするのは愚かだとは思いませんか?はっきりいって時間の無駄です。そんな言い方をしたって、ガルフさんが素直に謝礼を受け取ってノコノコと住みかに帰るだなんてあり得ないと分かっているでしょう?」 やっと口を開いたかと思うと、年の割に大人びた口調で話す少年は呆れたような表情を浮かべながら、ため息をひとつつく。 「そんなことよりも、これから皆でお茶を飲む方が貴方の作業が捗りますし、そこで不貞腐れてむくれているガルフさんの機嫌も少しはよくなるでしょうから遥かに有意義というものです。用意してくるので、少しお待ちください」 こうして、広すぎる部屋にレアムとガルフは残される。 だが、相変わらずリアムは書類から目を離さずにいた。 ガルフはそれが気にいらないのか無言のままレアムの方へと歩いて行くと、そのまま書類を軽くだが払いのけた。 硬い白床の上に、はらりと書類が散らばる。 本来ならば怒りや悲しみといった負の感情をあらわにしてもおかしくはない状況なのだが、レアムは眉ひとつさえ動かさず、机の上に残った数枚の書類をサッサッと手際よく集めると、まるで今までのことがなかったかのように涼しい顔をして作業を続ける。 「おい、貴様は我を馬鹿にしているのか?よりによって、故郷……いや、我らの同胞を愚弄するかのような口を聞くとは……。いくら我よりも立場が上にある貴様とはいえ幾ら何でも黙ってはいられないぞ……っ____!!」 レアムとは真逆で怒りを抑え込もうとしても表に出てしまうガルフは机をダンッと叩いた後に、思わず鋭く光る細長い爪で彼の腕をガリッと引っ掻いてしまった。 しかし、これだけガルフが怒鳴り声をあげて凄まじい怒りをあらわにしようともレアムが困惑の表情を浮かべて動揺することはない。 それほど力を強めていなかったとはいえ、ガルフの爪が腕を傷つけて僅かながらだが出血しようとも、レアムは何故ガルフがここまで怒りをあらわにしているのか分かっていないのだ。 少なくとも出会ったばかりの頃は、目の前にいるリアムという男はこうではなかった――と、ガルフは何とか怒りを自力で抑え込もうと努力しつつ、その頃のことを思い出す。 『そうか____ガルフというのか。生まれ故郷であるワーウルフの村が……何者かによって滅ぼされたと聞いた。その村を訪れたことはないが、心から悲しく思う……』 あれほどまでにリアムという男は、見ず知らずのワーウルフの故郷の滅亡に対して涙を浮かべ尚且つ、同胞を理不尽に奪われた此方の心情を気にかけるという【ヒト族として当たり前な暖かい心を持つ存在】だったというのに____と怒りを通り越して呆れ果てたガルフは心の中で毒を吐く。 「…………ガルフ、もう少しで彼が戻ってきて甘いお菓子を持ってくる。先程言っていた褒美は、それだ。好きな物を食べるといい。狼獣人は甘いお菓子には目がないんだろう?」 「ああ、そうだ。もっとも狼獣人は……我ひとりとなり甘い菓子を食べれる幸福を共有できる存在は皆無となったがな____」 「…………?」 ガルフが皮肉めいた言葉を言い放っても、まったく意に介さないといった調子で仕方なしに椅子から立ち上がったレアムは、文句も言わずに自ら手当てを行う。 この城には、レアムとガルフ――そして未だに名前すら名乗らない少年しかいないのだ。 とはいえ、最初からこうだった訳ではない。 少なからず執事やメイドといった世話人も何人かはいたのだが、ある日を境に急に皆が皆――この城から出て行ってしまったのだ。 彼らは、皆――満月の夜を迎えた翌日に出て行ってしまった。 (そういえば……奴がこのようになってしまったのも……それくらいではなかったか____) と、何だかんだで怒りよりも不安が勝ってしまいレアムのことが(例え悪い意味でも)気にかかるガルフは椅子へと戻り再び作業を再開する彼をジロリと睨み付けるようにして見つめる。 「まあ、それはそうと……お菓子を取りに厨房に行ったあの子は随分と遅いね。執務室から真っ直ぐに繋がる廊下を歩いて行くだけだから迷うわけもないのに。ガルフ、様子を見に行ってあげてくれないかな?ここにいるよりも、遥かにマシだろう?」 相変わらず、ガルフの方を見ようともせずに真下を向いたままのレアムは淡々と述べるのだった。

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