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ーepilogue.ー アイコノクラズム~偶像崇拝~

「…結真君…少し足を開いてください」 「…え…それってどういう…?」 「ゆっくり慣らさないと、君を傷付けてしまう…。出来れば僕は、君に辛い思いをさせたくないんです。…だからもう少しだけ、足を開いてください…」  芝崎の言いたい事は分かるが、俺はどうすればいいのか全く見当がつかない。 「此処を…広げるんですよ。…君が僕を受け入れやすいように」  その言葉が降りてくると同時に、芝崎の手が俺の後ろに触れた。 「…んっ…は…あっ…!」 「一度は達しているから、そんなに気持ち悪い感じはない…ですよね?」 「…え……うん…大、丈夫……」 「今から少しだけ、これを使います。…最初は冷たいかも知れませんが…」  遠慮がちな声でそう聞こえてきたけれど、俺はもう何も迷わなかった。後ろは初めての経験だが、芝崎ならきっと俺を満足させてくれると、そう思えた。 「…ひ…ぁあっ…」  俺の後ろに、芝崎の手から潤滑用のローションが垂らされた。 最初はひどく冷たかったものが、彼の手の動きとその体温によってじんわりと温められる。 「…気持ち悪くないですか?」 「…だい、じょぶ…。…っ…はぅ…っ!」 「…結真君。指…入れますよ?」 「…は…い……」  俺がそう答えると、芝崎はそのまま俺の中に指を入れてきた。 「…あぁ…っんっ…!…」 「…痛いですか?…今から少しずつ動かしますよ」 「…は…ぁうっ…!…あ……何か…変な感じ…っ」 「…気持ちいい…ですか?」 「…あ…ぁんっ…!…ぁ……え……あうぅっ!」 「…結真君。…この場所、すごく気持ちいいでしょう?…これが前立腺なんです。…此処を触られると、とても幸せな気持ちになりませんか…?」 「…んっ、あ……あっ…あぅう…は…ぁんんっ…!!」  芝崎が教えてくれたその場所は、少し触れられただけでも身体が跳ね上がるくらいの深い快感だった。だが、嫌な感じはしない。そこを触れられれば触れられるほど、さっき達ったばかりだというのに、俺のそこがまたビクビクと強い反応を示してくる。 「…あ、あ、ああんっ…護っ…もっと…!そこ、もっと…!…ああっ!!」 「…結真君…そろそろ、大丈夫…ですか…?」  そういう行為に慣れていない俺の事を気遣いつつも、だがしっかりと追い詰めてくる芝崎の声にも、少しずつ変化が見えてきた。それは普段の柔らかい感じではなく、雄の本能が見え隠れする男の声。…どうやら、芝崎自身も本気で余裕が無くなってきているらしい。  いつもの透き通るような涼しさを感じさせる声が低く落ちて、ため息交じりの濡れた声が僅かに掠れている。そんな声が更に俺の耳から直に入ってくるので、それがまた俺の身体を刺激してくるのだ。 「…護…!…護っ…お、俺、もうっ…!」 「…僕も限界…です……結真君、入れ…ますよ…!」  芝崎のその声を聞いた瞬間、俺の身体にこれまでには無かった大きな衝撃が走った。 俺の後ろの孔に、芝崎の猛ったものが穿たれてきたのだ。 「…う…ぐ…ああああぁぁぁっ!」 「…っ…動くよ…!!」 「…あ、ああっ、あぁああ…っ…。ゆず、る…!…好きだ…。好きだぁ…っ…!」 「…僕も…好き、です…っ…。結真…っ!!」  芝崎がこれまでの自分をかなぐり捨てて、ただひたすらに俺だけを求めて、俺の身体の一番深い所を貪り続ける。…その姿は俺が幼い頃に見て怯えていた、性奴隷のように母親を抱いていた父親の姿…そのものだった。  ただその頃と違うのは、抱かれる相手が母親ではなく俺自身であるということ。 そして、俺も芝崎も…どちらも男であるということ。 しかしその間にあるのは、お互いを純粋に愛し合い、許し合い、認め合った上での行為であるということ…だった。  芝崎が中を突き上げる度に、俺の口からは自分でも信じられないくらいの甘くて濡れた声が漏れる。そしてその声は、自らが発しているものなのだと思うだけで俺はどうしようもなく恥ずかしくて…だが、そんな俺の心とは裏腹に、芝崎が与えてくれる深い快感に溺れ切ったその身体は、更にもっと強い快感を欲しがって、俺の中にいる彼自身をきつく締め付けてしまう。  そんな俺の無意識的な行動に反応する芝崎の表情もまた、一人の男としての本気の快楽を感じているようだった。  俺の中でトラウマのように残っていた父親の性行動の光景と、俺の目の前で俺の身体の最奥を犯す芝崎の姿がゆっくりと重なる。…だがその姿に、昔のような怖さはなかった。  それはきっと、芝崎自身も限界ギリギリのほとんど余裕がない中で…それでも本気の性行為という事自体が初めての経験である俺に対して、なるべく苦痛や怖さを与えぬようにゆっくりと頂点まで導いてくれているからだと思った。 「…あ…あっ…護っ!…ゆずる…っ!…俺、もう…我慢できない…っ」 「…っ…僕、も…!…一緒に達くよ、結真…!!」  その言葉が合図になって、俺を快楽の渦に巻き込む芝崎の律動が一気に速くなった。 激しく打ち付けてくる彼の動きに、俺はひたすら翻弄されて…やがて。 「…は…っう…!護っ…も、出る…っ!達く…!達くぅ…っ!!」 「…僕、も…!結真…!…結、真…っ!!」 「ゆず…る…っ!…く…あ、ぁぁああああーーっ!!」 「…っ…く…あぁっ!!」  ――頭から足の先まで、全身を駆け巡る快感に震えて…俺は再び射精した。  その瞬間と同じタイミングで芝崎の身体が緩やかにしなり、彼の一際高い声が響いた後に…そのまま俺の中へと熱い奔流が注ぎ込まれ、俺の上に覆い被さるようにして倒れ込んだ――。 「…結真君…。大丈夫ですか…?」 「…俺の心配より、自分はどうなんです?」 「僕は…少し疲れました。…これほどまでに激しく動いたのは久しぶりなので…」 「ねえ、護さん。…前に言ってた酒の失敗の話…あれ、嘘でしょ?…本当は覚えてたんじゃないんですか?」 「…見抜かれてしまいましたか。…すみません」 「あの時、本当は何があったんですか?」 「恐らく…君が想像している通りの事ですよ。…ただ、その時は僕の方が今の君と同じ立場…でしたけどね」 「ええ!?そうなの?」 「…はい。幸い、僕たち男はどちらでも対応は出来ますからね。相手が望む事に答えたら、僕がたまたま殿崎君に抱かれる立場になっただけの話ですよ」 「護さんが抱かれる…って、ああ…駄目だ。全く想像がつかない」 「何なら、結真君が僕を抱いてくれても良いんですよ?」 「…いや…やめとく。俺初めてなのに、いざ終わってみたらこんな状態で…。あんたにまでそんな事させたくない…」 「…辛かったですか?…僕の想いに、君が本気で応えてくれた事があまりにも嬉しくて…。すみませんでした」 「…最初は確かに驚いたし、慣れなかったけど…あんた、優しかったから…。…けど、あんな思いをするのは、今は俺だけで充分だよ…」 「僕は、好きな人に抱かれるのなら…どんな立場であれ、本望なんですけどね?」 「恋は盲目…ってやつですか」 「まあ、そんな所です」  そう言って笑う芝崎の顔は、とても輝いていた。 その時、俺はふと思った。…もしかしたら、今なのかも知れないと。 俺はとある事を思い出して、ベッドサイドの引き出しからあるものを取り出す。 「護さん、あのさ…」 「…?…何ですか?」 「…これ…受け取ってくれないかな…?」 「え…?」  そう…それだ。 それは、生前の殿崎から俺に託されたものだった。彼は俺に言った。 ――『…君自身が自分で判断して、今なら渡せると思った時に渡してくれればいいんだ』――  殿崎匠という男の、43年間の短くも充実していた人生が全て詰まったこの最期の贈り物を、俺は芝崎に渡した。  その手の中に収められたものを見た芝崎は、最初は不思議な表情を浮かべていたが…それが何なのかという事をすぐに理解したらしい。彼の表情が一変して、今度は一気に暗くなった。 「…結真君…。どうして君がこれを…?」 「すみません、黙ってて。…それ、生前の殿崎さんに俺が頼まれていたものなんです。護さんに渡してくれって」 「匠が…?」 「俺も最初は断ったんですよ、そんな事出来ませんって。…けど、どうしてもって言って聞いてもらえなくて。…殿崎さんは、渡せる時に俺が渡してくれればそれでいいって言ってたんで…こんな時ですけど、お渡ししときます」 「…結真君…。少しだけ…僕の顔を見ないでいてくれますか…」 「…良いですよ」  俺はそう言って、ベッドの上で芝崎と背中合わせになった。なるべく、彼の顔を見ないようにする為に。 「…匠…っ…!」  小さくそう呟いて、背中越しの芝崎は大きく身体を震わせた。 考えてみれば、芝崎はあれからずっと涙を流していない。常日頃、冷静さを保っている風の彼だが、こと殿崎絡みとなるとすぐにパニックを起こして情緒不安定になるくらいなのに、今回はあまりにも落ち着き過ぎていて、逆にそれが不思議で仕方なかった。  自分の命にも代えがたい殿崎という男の存在を失って、本当は俺なんかよりもずっと辛かったんだろうに、途中でフラッシュバックを起こした俺の傍にについて、俺を落ち着かせる為に慰め、そして支えてくれていた。…自分の事より他人の事を気遣って、自分の本音を隠してしまっていたのなら…。そう考えると、俺は本当に申し訳ない事をしてしまっていたのかも知れない。…どこまでも優しすぎる彼は、俺には余りあるくらいの恋人だと、そう思う。   「護さん…もう我慢しなくていいよ。…これからは、殿崎さんの分まで…俺があんたを支えてあげるから」 「…結真君…ごめんね…。」    芝崎の声は、震えていた。 俺はそんな彼の背中に自分の背中を近づけ、その温もりをじんわりと感じていた。…そんなさりげない行動が心に響いたのだろうか。…芝崎の震えた声の中に、少しずつ嗚咽が交じり始める。そして…静かな泣き声へと変わっていった。  俺はただ、背中越しのままでゆっくりと彼が落ち着いていくのを待った。 「…そういえばね。殿崎さん、言ってたよ。…俺と護さんは似た者同士で、二人とも同じ匂いがするって」 「…はは…如何にも匠らしい言い方だな…」 「…もしかしたら…これも、バレちゃってたのかも知れないね」  俺はゆっくりと体の向きを変えて、芝崎の左腕に優しくキスを落とす。 そう、俺は気付いていたのだ。…芝崎の腕に、俺と同じようなリストカットの痕が残っていた事に。…それを見て、やはり俺たち二人は殿崎が見立てた通りの似た者同士なのだと、改めて知る事になった。 「…っ!…結真君、そこは…」 「どうして?…護さん、この前は俺に同じ事をやったでしょ?…その時のお返しです」 「…君は…頭の回転が早すぎます…。いつから気付いてたんですか?」 「…あんたがひっくり返った時。言ったでしょ、寝室に運ぶまでが大変だったって。…その時にたまたま見つけただけです」 「…つくづく、結真君には敵いませんね…」 「でも…そういう事したくなっちゃうくらい、護さんも殿崎さんを愛してたって事でしょ?…あの人は幸せ者だよね。こんなにも自分を愛してくれている人が最期まで傍に居てくれたんだから。…出来る事なら、俺もあの人と同じくらいあんたに必要とされる恋人になりたい。…駄目ですか?」 「…結真君。…僕の心はもう君の元に届いていますよ。ですから…さっきの話を戻すようで申し訳ないけど…君が本当に僕を抱きたいと思った時には、いつでも抱いていいんですよ?…僕は、どんな君でも全て受け入れますから」 「…護さん…」 「…愛しています…結真」  芝崎は再び深いキスを俺の唇に落として…そのままなだれ込むようにして俺の身体に覆い被さり、さっきよりも更に深い快楽を俺に与えてきた。  その後の俺はと言うと、理性の箍をすっかり外されてしまって、幾度ともなく繰り返す絶頂の波に流され、達き過ぎて完全に気を失ってしまうまで、芝崎に抱かれ続けたのだった――。 ◇ ◆ ◇ 「…ん…あれ?…俺、いつの間に…」 「おはよう、結真君。…身体、大丈夫ですか?…昨日はつい抑えが効かなくなってしまって…すみませんでした」 「…あ、そうか…。俺、あれから気を失って…」     「…だけど、本気で感じている時の君は本当に可愛かったですよ。…嬉しかった。僕の事をあんなに求めてくれて」 「…っ!!…それ以上は言うな。俺、本気で恥ずかしかったんだぞ」 「でも、それだけじゃなかったでしょう?…心も身体も全て満たされたんじゃないですか?」 「…う…それは確かに…否定は、出来ない…。けど!」 「…けど…何ですか?」 「あんたがあそこまでケダモノだとは思わなかった!…綺麗な顔してるからと思って油断してた…。あんな抱かれ方したら、俺もう誰とも付き合えなくなる…」 「結真君は、僕以外に誰か付き合いたい人が居るんですか?」 「…いや、居ないけど…」 「じゃあそれでいいじゃないですか。…僕もしばらくは君だけで十分ですから。…ね?」 「…うう…俺、どうしてこんな奴の事好きになっちゃったんだろう…」 「子供の頃からの腐れ縁とでも、言っておきましょうか。…だって君は、いつも僕の傍から離れようとしなかったんだから」  そう言った芝崎は、チェストの上に置かれたオルゴールを開いて音楽を鳴らし始めた。 「『時計の眠る場所』か…。…ねえ、匠…。…君は今…何処で、何を見ているの…?」  それとなく呟いた彼の視線の先には、先日俺が持ってきた幼い頃の俺たち二人の写真と、殿崎が託したカットシザーが並べられ、彼の写真と共に飾られていた。   「…へえ…。そんな写真、あったんだ…」 「かなり昔に撮られたものですけどね。せっかくなので、此処へ置いておこうかと」 「そっか…。…でもきっと、殿崎さんは俺たちの事を見守ってくれていると思いますよ。もしかしたら、俺の親父も殿崎さんと一緒になって空の上で酒盛りとかしてるかも…。二人とも酒好きみたいだし」 「…そうなんですか?」 「俺の親父も結構な酒飲みだったよ。やっぱ職人だからかなぁ…」 「…職人?」 「…ペンキ塗りだよ、屋根とかの。…あれ、知らなかった?」 「…いや、確かに付き合いはあったけど、僕はあまり覚えていませんね…」 「…ガキの頃に何度か見た事あるけど、その頃の親父は俺も格好良いなって思ってた」 「…そうだったんですか」 「意外だった?」 「そうですね。…君は父親を認めていなかったイメージの方が強くて」 「今だから言えるけど…俺はきっと、あの人のような自信に満ち溢れた生き方をしてみたかったのかも知れない。…あの人の自由さが羨ましかったんですよ。…多分ね」  そう言って、俺は笑った。 「結真君。明日からまた、改めてお願いしますね。…僕の仕事のパートナーとして、今後も一緒にサロンを手伝ってください。…それから…僕の恋人として、これからもずっと僕の隣に居て、笑ったり泣いたり…時には心や身体も…ありのままの君の全てを、僕にください」 「…はい。よろしくお願いします」   ――俺はもう、過去の自分を悔んだりしない。  今、俺の隣には…幼い頃からずっと俺の傍に居て、俺を見守り続けてきてくれた芝崎護という恋人が居る。俺も芝崎も、それぞれに自分自身を閉じ込めてきた深い傷痕を抱えながら、必死にこれまでの人生を歩んできた。    そして現在。…俺たち二人は再び運命のように出会い、それぞれの転機を迎えながら…離れていたその心が、一本の糸のように繋がった。  そうして繋がった糸は、心の底に埋もれていた二人の想いも繋ぎ…俺達は、心も身体も全て を受け入れてお互いに愛し合い、許し合い、そして認め合う存在になった。  ――俺は、芝崎を愛している。…芝崎もまた、俺の事を愛してくれている。  ――その想いを抱えながら、俺たち二人は…これからの未来を歩んでいく――。     ーFin.ー  

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