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第70話
「…酷くはしていないだろう…?」
フミヒコは平然とアキラを抱き寄せながら言う。
「…顔、洗わせて…」
浅く頷いてフミヒコに言う。
「どうぞ…」
フミヒコは微笑んでアキラを解放する。
「……」
アキラは息をついて、ゆっくり立ち上がりフミヒコを置いて洗面所へ足を進める。
火照った身体と顔を冷ますため、締め付けるような心のざわめきを抑えるため…
冷たい水で顔を流す…
(……最悪。)
ポツリと呟くアキラ。
誰に対してでもなく自分自身に向かって…
こんな裏切り行為をしたあとに…みずきの顔を見なくてはならない…
その後ろめたさは半端じゃない…
なのに…
力がなかったとしても、抗えず…あまつさえ感じてしまうこの身体に…
嫌悪を感じずにはいられない…
「はぁ…」
重い気持ちがアキラの胸をおさえつける。
でも、逃げるわけにはいかないし…
フミヒコだって悪くはない…
フミヒコは本来の目的を果たしたまでで、勝手言ってるのはこっちなんだから…
「……」
アキラはタオルで顔を覆うように拭き、鏡を見直す…
いつも通りの表情をつくり、気持ちを整理してフミヒコのもとへ帰っていく…。
「おかえり…落ち着いたかな?」
いつも通り柔らかく声をかけてくる。
さっきのことは無かったかのように普通に頷くアキラ。
「うん…フミヒコさんは?」
顔を洗わなくても大丈夫?と含んで聞く…
立ったまま聞くアキラを招きながら…
「いや、私はいいからね…隣へ座りなさい、……少し強引なことをしたが…突然、大切な存在を奪われる私の気持ちも分かってくれ…」
アキラが座ったことを確認すると、静かに肩を寄せ、話し始める。
「分かってるから…フミヒコさん、責めてない…」
アキラは、もう一度頷く…
「サクヤ…君は本当に可愛い…」
「可愛いとか…言われても嬉しくないから…それにオレのどこが…」
ポソっと納得いかないと、言い返す。
「そうかい?本当に可愛くて、手放したくないんだ…サクヤは、そんなに聡明で気丈なのに、自分自身のことは気付いていない…君は好かれる性格だから…」
「違う…」
好かれる性格…
その言葉にはすぐ反発してしまう。
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