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第76話

「いい匂いだ…、サクヤ、キーは預けておく、戻ってくるのを待っているよ」 抱きしめるのはやめたフミヒコだが、アキラに顔を近づけ、湯上がりのアキラの首筋を嗅ぐしぐさで優しく囁く… 「フミヒコさん…」 「…それから、ユウくんにはこれだ…うちの店の名刺、その気になったらアポをとって来てくれ…」 「…っ」 「何のこと?」 フミヒコの言葉に首をかしげるアキラだが… 笑顔でかわし… 「この部屋はサクヤの為にある、自由に使ってくれたらいい…ただし、他人は泊めないように。それでは、失礼するよ」 そう余裕をもって言葉をしめる。 「…うん、すみません」 うつむくアキラの頭を軽く撫でて… 「じゃ…また」 さっそうと帰っていくフミヒコ。 「……」 しばらく黙って見送っていたアキラだが… 「なぁ、何話してたんだ?」 ふと気になり…みずきに聞いてみる。 「……」 「みずき?」 答えないみずきを促すように呼ぶ。 「…アキラ」 不意にぎゅっとアキラを胸に抱きしめるみずき。 「み、みずき…!?」 どうしたのかと…驚くアキラだが… みずきは顔を伏せ、浅く唇を噛む… 「……」 フミヒコから言われた言葉が頭から離れない… 自分が…アキラに見合う人間かどうか… そんな、違いを突き付けられて…自信を持って答えられなかった自分が悔しくて…情けなくて… アキラにとって、どちらで過ごす方が幸せか…考えると、辛くなる。 経済力があって… 社会的地位もあって、束縛もなく… 頼れる雰囲気のフミヒコは… アキラにとって理想なのかもしれない。 自分は…アキラを怒らせたり、呆れさせたり… 全然しっかりしていない… 学歴も、経済力だって…沈む心に縛られる。 「…みずき?何か言われたのか…?」 抱きしめられたまま…そっと、みずきの髪に触れて聞く。 「アキラ…お前は…」 聞こうと思うが…答えが恐くて詰まってしまう。 どちらが住み心地がいいか…そんなことを… 「…何?」 アキラはみずきの言葉を待ち、首を傾げるが…

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