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第6話 五つの誓約
じわじわと広がって行く染みをじっと眺めていたら、ジュリアードが大きく息を吐いた。顔を上げ、ジュリアードを見遣る。
「カロリーヌに怒られた」
「……っ!?」
言われ、ぐ、と喉が詰まったように感じた。あの日の事だろうか。聞きたくない、と思うのに、ジュリアードは気にせずに口を開く。
「いつまで奥様を軟禁するつもりか、と」
「奥様、か」
カロリーヌは、やはり、自分の事を『奥様』と呼ぶんだな、と思う。名前を覚える気が無いのか、名前で呼ぶまでも無いと思われているのか。
いや、それよりも。
「……僕、軟禁されていたの?」
思わず聞いてしまっていた。ジュリアードは驚いたように目を見張った。珍しいな、と思う。ジュリアードがこんなに表情を変える事は滅多に無い事なのだ。そう言う表情の変化を見られて嬉しい、と思う。思わず笑顔になってしまい、益々ジュリアードは困惑したような顔を見せた。
「自覚が無かったのか……?」
「えっと、全然。だって、僕は、男の妻だし、余り表に出て欲しく無いのかと思ってた」
だが、確かに、軟禁されていたと言えば軟禁されていたかな、と思う。一度抱かれると、身体が辛くてその明くる日は、一日中寝て過ごすしかなくて。次の日に、前の日から溜まった慣れない家の仕事(騎士の家、と言えども色々とやらなければならない事はあるのだ)をこなすので手一杯で。そして、その日の夜は抱かれる、と言うサイクルを繰り返していたせいで、リマーユは、結婚してから、一度も何処にも出掛けた事が無かった。散々、茶会の誘いの手紙はもらっていたのだが。色々と身体の面で都合が悪かったのだ。
今日が、結婚してから初めての外出だった。
「……俺は、お前を貰った事を、恥だと思った事は一度も無い」
一言一言区切るように言われて、意外に思う。てっきり、恥じているから、一歩も外に出さないような生活を強いているのかと思っていたのだが。口からは、素直にその思いが言葉となった。
「……そう、なの? 僕は、てっきり、恥じているのかと思ってた」
ジュリアードは押し黙ると、頭を抱えた。ジュリアードにしては珍しい、態度だった。
「つまり、何だ、俺のこの一ヶ月は、全く、お前に伝わっていなかった、と言う事か?」
そう問われて、リマーユは戸惑ってしまう。この一ヶ月、確かに、ジュリアードは、心底リマーユを大事に扱ってくれていた。男の妻、などと言う面倒臭い存在を疎みもせず、むしろ、愛されているのでは無いか、と錯覚させる程に。それは、正に錯覚なのだろうが。
「あの、大事に、してもらっているのは、分かるけど……」
「いや、良い。少し、待て」
「う、うん……」
目元を押さえると、ジュリアードは、大きく息を吐いた。
「俺は、言葉が足りない、とミシェーリにも、散々言われていた」
その言葉に驚いて、リマーユはまじまじとジュリアードの顔を見遣る。ミシェーリは確かに快活で物怖じしない女性だったが、礼節も持ち合わせた才女だった。だが、ジュリアードにはそんな言葉すら掛けていたのだろうか。自分には、いつも柔らかい言葉をくれていたのに。本当に、ミシェーリは、リマーユには優しい姉だった。この人には、絶対に適わないと思わせる程に。
「姉さんは、ジュリアードには、随分、はっきり物を言っていたんだね」
意外過ぎて、言葉は勝手に口から零れ落ちていた。その言葉尻を捉えて、ジュリアードは、リマーユの顔を覗き込んで来る。紫色の瞳に、自分の冴えない顔が映って、リマーユは少しだけ憂鬱になった。
「お前も、そう感じていた訳だな?」
「えと……まあ、たまに、感じる、かな?」
苦く笑いながら、そう言うと、もう一度、ジュリアードは大きく溜め息を吐いた。そして、徐に泉から出ると、リマーユを、ひょい、と抱え上げる。驚く間も無く、近場の大きな岩の上に下ろされて、リマーユは文句も言えなかった。こう言う所だな、と思う。ジュリアードは、思い立ったら、先ず、身体を動かしてしまうのだ。ぼんやりとそう思っていたら、ジュリアードは、片膝を付いた。騎士の誓いの姿勢、と言われるそれは、本当にジュリアードが遣ると決まっていて、いつも、リマーユは見惚れてしまう。リマーユをひたすらに見据え、ジュリアードは口を開いた。
「リマーユ、俺は、お前を、愛している」
「…………は?」
愛の告白には、随分な答えだと思ったが、余りにも有り得ない言葉過ぎて、自分の聞き間違いかと思い、思わず口からはそんな声が漏れていた。だって、あのジュリアードが、自分を、何て、有り得ない。
ジュリアードは完璧な男だった。男なら憧れて止まない体躯に、豊富な魔力量、それを両方とも使いこなす技能、頭脳だって、氷の魔軍師、何て言われる程の物だと言う。結婚以前によく遊びに行った騎士団で何回か聞いた事がある。騎士達は、リマーユがジュリアードに戯れると、それはそれは驚いていたものだ。
それに、男としても、十二分だ、とリマーユは身を持って知っている。アレで不十分な女性が居ると言うなら、むしろ、そちらの方が驚きだ。
そんなジュリアードに、こんな凡庸な、しかも、男の自分が愛されている訳が無い。美しいと評判だった聡明な姉のミシェーリなら、ともかく。
「随分な返事だな……」
「え、あ、ご、ごめん。でも、何か僕、変な言葉を聞いた気がして」
「お前の耳は正常だ。俺は、愛している、と言った」
もう一度同じ台詞を言われて、リマーユは目を見開いてジュリアードを見詰めた。その顔は表情の変化こそ無いが、とても嘘を言っているようには見えなかった。しかし、自分の耳も、決して、信じられなかった。
「う、嘘だあ」
思わず、否定すると、ジュリアードの眉間に皺が寄った。怒っているように見えるが、リマーユは、ジュリアードが怒っているのでは無く、困惑しているのだ、と言う事が分かった。長年の付き合いの成果だ。
「何故、そう思う?」
「だって……」
直ぐに返答し掛けて、けれど、リマーユはそれを口にするのを一瞬、躊躇う。口にしてしまったら、真実になってしまうような気がして、怖かったのだ。
「だって、何だ?」
「……ジュリアードは、姉さんの事が、好きでしょ?」
視線で強く促されて、仕方無く口を開く。目頭が熱くなってしまって、急いで俯いた。本当は、ジュリアードが、そうだ、と頷くのを見たくなかったからだった。なのに、暫く、沈黙が場を支配していた。恐る恐る顔を上げると、眉間に皺を寄せたジュリアードが居た。こめかみを押さえてすらいる。首を左右に何度か振ると、ジュリアードは、ずい、とリマーユに身を寄せて来た。
「……むしろ、どう言う所からそう言う誤解が生まれたのか、聞きたいんだが」
問われて、逆にリマーユは身体を引いてしまう。ジュリアードの体躯は大きくて、いつもは感じないのに、何故か、圧迫感がすごかった。表情が伺えるせいかもしれない。美しい紫色の視線から逃れるように、目を彷徨わせる。
「だ、だって、姉さんの茶会には、必ず来ていたし」
「婚約者だからな」
「それに、姉さんには、あんな、優しい顔、見せていたし」
言いながら、つい、唇が尖ってしまう。嫉妬からだった。そうする資格も無いのに。
「……何の話だ?」
だが、ジュリアードはリマーユの言葉を理解出来ていないようだった。む、としてリマーユは言い募る。
「優しい顔、してた。僕には、見せてくれない、顔だったもん!」
言い終えると、胸が軋むように痛んだ。茶会の度に、畑に逃げ込んだあの日を思い出すと今でも苦い想いが胸を刺す。それほどに、穏やかで柔らかな、甘い、顔をしていた。
ちち、と小鳥の鳴き声が何処かから聞こえる。森の中とは思えない程、穏やかな鳴き声だった。この時期は、繁殖の時期では無い筈だが、あの鳥は、何の為に鳴いているのだろう、なんて詮無い事をリマーユは思う。
「ああ、なるほど。ミシェーリとは、お前の話を、よくしていたからな」
鳥の姿を探し始めたリマーユに、ようやく合点が行った、とでも言いたげな声で、ジュリアードが答えた。意外な答えだった。
「え?」
「そもそも、ミシェーリは、俺がお前を愛していると知っていたから、あんな馬鹿げた出奔を計画したのだしな」
更に意外な台詞がジュリアードの口からは飛び出して、リマーユは大慌てでジュリアードの方に向き直った。
「ええ!? ま、待って、それって、まるで、姉さんの出奔を、ジュリアードが手伝ったように聞こえるけど!」
「手伝った。おまけにごっそり魔力を使わされた」
げんなり、とした声だった。相変わらず表情は変わらなかったが、声だけははっきりとその心情を明確に示していた。リマーユは、喉がからからになるのが分かった。一番、知りたい事を口にする。
「じゃ、じゃあ、姉さんが今何処に居るかも……」
「知っている」
「本当に!? 姉さんは、元気なの!?」
ジュリアードの白いシャツに掴み掛らんばかりに身を乗り出してリマーユは言葉を続ける。今度は、ジュリアードはゆっくりと頷いた。
「かなり元気に暴れ回っているようだ」
「そう、なんだ……」
「会いに行くと色々支障が出るからな。手紙ぐらいなら、大丈夫だろう。書いたら送ってやる」
「うん!」
確約まで貰って、リマーユは胸がほっこりと温まるのが分かった。姉ミシェーリは、確かに恋敵だったが、それ以上に、何よりも大事な姉であり友達であり仲間だったのだ。いつもリマーユを可愛がってくれ、相談に乗ってくれ、時には研究の手助けをしてくれた。本当に、掛け替えの無い人だった。だからこそ、この人には敵わないと思っていたのに。
それだと言うのに、ジュリアードは、自分を、愛している、とそう言った。多分、聞き間違いで無ければ。随分近付いてしまったジュリアードの白皙の美貌を、ちらり、と見上げる。表情は相変わらず全く読めなかったが、その紫色の瞳は、雄弁に何かを語っていた。リマーユの見間違いで無ければ、愛を、だ。
「俺は、誓約は守る、と言っただろう?」
リマーユの逡巡が分かっているかのようにジュリアードは口を開く。それでも信じられなくて、ふるふる、と首を横に振るとリマーユは否定の言葉を口にした。
「だって、だって……僕だよ?」
「そうだな。お前だけだ。俺の心に居るのは」
じわじわ、と胸に熱い物が込み上げて来る。同時に、頬にも熱が集まって来るのが分かった。それを何とか誤魔化したくて、リマーユはやみくもに口を開くしか無かった。
「い、いつから?」
「何が、だ?」
「いつから、愛してくれていたの?」
それは、純粋な疑問でもあった。確かに、自分と身体を重ねている間のジュリアードは、考えられない程、情熱的で激情的で愛情に溢れていたから。リマーユに錯覚を感じさせる程に。それは、錯覚では無かったらしいが。初めて身体を重ねた夜から、だろうか、と思う。だが、ジュリアードの口からは意外な言葉が飛び出した。
「お前が、初めて俺の腕の中に飛び込んで来た時からだ」
ひ、と思わず口から悲鳴が零れ落ちる。身体は勝手に後退っていた。
「ジュリアードって、ペドフィリア!?」
「違う! どうしてそうなる!?」
珍しくジュリアードが荒れた声を上げる。それでも、何となく近寄り難くて、リマーユは岩の上で両膝を抱え込んだ。それを見て、諦めたようにジュリアードは一息吐くと、くしゃくしゃ、とその整えられた銀糸を掻き回した。リマーユは自分から距離を置いた癖に、ジュリアードの美しい髪を手櫛で整えたくて堪らなかった。
「……あの頃、俺は目標を見失っていた」
不意に、ジュリアードが言葉を紡ぐ。明後日の方を向いたままの視線は、恐らく、昔の自分を思い出しているのだろう。
「そう、なんだ」
「魔力でも膂力でも、同年代の人間にも、年上の人間にも勝てていたからな」
「強かったもんね、あの頃から。だから、僕は助かったんだけど」
たった五つの子供だった自分を思い返し、リマーユも唇を歪める。臆病者で小心者だった癖に、自分は、何故、あの時、森に入ろうなどと考えてしまったのだろう。もしかしたら、あれは、女神の導きだったのだろうか。
「森にすら、俺に倒せない魔物は居なくて、正直、騎士になるのも、どうすべきか悩んでいたくらいだった。冒険者になっても良いが、ならず者を出したとなれば、我が家の名誉が傷付く。本当に、道を見失っていた」
意外だった。あの頃から、常に鍛錬を重ねて怠らなかったジュリアードが、そんな悩みを抱えていたとは。
冒険者とは、いわゆる、何でも屋だ。別名、ならず者集団、とも貴族の間では呼ばれている。平民が立身出世を夢見て成る職業の一つだが、その素行の悪さから、貴族からは余り評判が良くない。しかし、竜退治に成功した者の中には、冒険者から男爵まで上り詰めた者すら居て、平民が憧れる職業の一つとは言えた。ただし、貴族からは嫌煙される職業だ。
一方、騎士は、貴族に広くその門戸を開いているが、実は、力や魔力、知恵さえあれば、平民でも成れる職業の一つだ。ただし、とても狭き門だったが。貴族ですら、騎士団に任命されるのは、大変な名誉だった。実際、騎士に成れず、ただの一般兵として生涯を終わる貴族も多い。その点、若くして騎士に任命されたジュリアードは、本当に破格の存在と言えた。
「そうなんだね」
「あの日、手応えのない魔物一匹を倒した所で、俺は特に何の感慨も抱いていなかった。だが、お前が」
じ、とジュリアードの美しい紫色の瞳がリマーユを、リマーユだけを捉えた。吸い込まれそうだな、とリマーユは思った。
「僕が?」
「まるで、俺しか頼る者が居ないと言うように縋って来たから、俺の守るべき者はこれなんだ、と思った」
ジュリアードの視線は揺るがない。ただひたすら、リマーユを映している。きっと、ジュリアードの瞳にも、リマーユしか映っていないのだろう、と思わせる程に。リマーユは、息が苦しくて仕方が無かった。
「……」
「腕の中、に有る、リマーユ、お前だけを、守る事が、俺の生きる使命だと、そう感じた」
まるで、大切な何かを抱くように、ジュリアードは手を胸に当てた。それは、騎士の最敬礼と呼ばれるものだったが、リマーユには、誓いのように思えた。胸が熱い。目頭も熱かった。けれど、どうしても、信じ難くて、リマーユは茶化すような言葉を軽い口調で唇に乗せる事しか出来なかった。
「な、何かものすごく大袈裟だけど……」
「天啓なのだと、そう思ったんだ」
今度は、言葉を失った。あの日、リマーユも、本当は、そう感じていたから。この人に付いて行きさえすれば、何一つ問題は無いと、女神に言われたような気がしていた。返り血に塗れた恐ろしい無表情の少年だったけど、それでも、何よりも、誰よりも、美しい人だと思えて、信じられたのだ。
「翌日から、お前は、俺を毛嫌いしていたのに、手の平を返したように懐いて来て、可愛かった」
懐かしむようなしみじみとした声に、頬が染まる。ジュリアードに言われる、可愛い、と言う言葉は、何よりも気恥ずかしかったが、何よりも嬉しかった。例え、自分が、本当に凡庸で何処にでも居るような存在だと理解しているリマーユであっても。
「か、可愛い、って思ってくれて、たの?」
「かなり、可愛がっていたつもりだったが」
怪訝な声で言われて、驚く。ジュリアードは、確かに、自分を居ない者のようには扱わなかったが、姉ミシェーリが自分を可愛がるようには構ってはくれなかったと思うのだが。もしかして、あの、付かず離れずの距離が、ジュリアードに取って、可愛がる行為だったのだろうか。
「ジュリアードは、分かり難いから……」
苦し紛れにそう言うと、すまん、とジュリアードに小さく謝られて、慌ててリマーユは首を横に振った。しかし、自分を本当に愛してくれている、と言うのならば、一つだけ、疑問が残った。結婚前の、あの、言葉だ。
「でも……じゃあ、何で都合が良い、なんて言ったの?」
あの言葉に、自分が、どれだけ傷付き、どれだけ想いを押し込めて来たか。
「実際、俺にとっては、ものすごく都合が良かった」
ジュリアードは、何でも無い事のように淡々と言葉を綴った。
「愛してもいない女と結婚する事を回避出来ただけじゃなく、都合の良い事に、愛するお前を手に入れられるんだ。これ以上に都合の良い事なんてあるか」
ただ、事実を語る口調は、憎らしいくらい冷静だった。リマーユの目が潤む。しぱしぱ、と何度か開閉を繰り返して、雫を誤魔化すと、リマーユは笑いながら言った。
「もう! もう、ジュリアードは本当に言葉が色々足りないよ!」
恨み言を言いながら、それでも、もう、既にリマーユはジュリアードを許していた。愛する男の不器用さが、愛おしくて堪らなかった。
「すまん。だが、この一ヶ月、お前の身体には、散々、愛を示して来たと思うが」
「か、身体にって……」
意外な事を言われる。だが、と思う。確かに、思い返してみると、身体は愛を甘受していた。思い違いだとばかり思っていたが。
「二日と開けず抱いて来たし、俺にしては、優しく扱っていたし、お前の体力を考えて、かなり我慢もしていた」
「え!? アレで!?」
「優しく、無かったか?」
「違う! そこじゃ無い! 優しかったよ。そうじゃなくて、その、我慢しているって」
尋ねる声は震えてしまった。今でも、十分、抱かれた翌日は辛いのに、もしかして、その上が、有るのだろうか。
「俺は五回はイケるがお前の体力的に、そこまですると、辛いだろう?」
「ご、五回……」
死ぬかもしれない、と思う。でも、愛する男の腕の中で死ねるのならば、確かに本望かもしれない、とも思った。くらくらする頭を抱えて、膝に押し当てる。そこら辺は、今後、きちんと話し合わなければならない問題だろう。だが、浮気されるぐらいなら、裏切られるぐらいなら、頑張ろう、とリマーユは思った。
くしゃくしゃ、と頭を手が撫でて行く。ジュリアードの手だった。相変わらず、乱暴だが、その手には、確かに愛が溢れていた。思わず、リマーユは微笑んでしまう。それを見て、珍しく、ジュリアードは柔らかく目元を緩めた。いつも、ミシェーリに見せていたような甘い顔、だった。どきん、と胸が跳ねる。
「もう一度、誓っても良いか?」
「う、うん」
問われて、直ぐに頷いた。ジュリアードは圧倒的に言葉が足りないが、今は、何を言いたいのか、リマーユには全部分かっていた。
「一つ、汝の伴侶を裏切るなかれ。一つ、汝の伴侶を飢えさせるな。一つ、汝の伴侶を凍えさせるな。一つ、汝の伴侶を飽かせるな。一つ、汝の伴侶を愛すべし」
騎士の最敬礼をしたまま、朗々とジュリアードは五つの誓約を口にした。じんわり、リマーユの胸に込み上げる物があった。今度は、リマーユはそれを自分に許した。つつ、と頬を涙が伝って行く。ああ、結婚したのだ、と思った。ジュリアードと自分は、この瞬間、本当の意味で、結婚したのだ、と。リマーユも、震える唇に鞭打って、同じ言葉を繰り返す。後から後から涙が零れてしまい、上手くは言えなかったが、最後まで言い切った。ジュリアードの手が伸びて来て、乱暴にそれを拭った。たこの多い指は痛かったが、同時に愛おしかった。思わず笑顔が浮かぶ。すると、ふ、とジュリアードの顔も緩んだ。見惚れる程に美しい、笑顔、だった。
「俺は、永遠に守ると誓う。お前も、最後は無理でも、せめて四つは守ってくれ」
「ば、バカ!! 僕だってジュリアードの事、愛してるよ!!」
ジュリアードの笑顔に見惚れていたリマーユが慌てて言うと、ぽかん、とした顔をされた。
「愛して、いる?」
繰り返される。照れ臭くて小さく頷くと、ジュリアードは徐に立ち上がり、リマーユを引き寄せ、その腕の中に閉じ込めた。ぎゅう、と痛い程抱き締められて、苦しさを感じながらも、リマーユは、ただ、ただひたすらに幸せを感じていた。
女神の泉は、今日も美しく虹色に煌めき、二人の門出を祝福していた。
五つの誓約 おわり
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