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track.1
「クソッ! あいつらなんもわかってねーよ!」
半個室の居酒屋で自由 は声を荒げ、飲み干して空にしたグラスを乱暴に置いた。
着ている安めのボーダーシャツは何箇所かさっき食べた焼き鳥のタレがシミを作り、ボサボサに伸びた髪の毛は2ヶ月切るのを我慢していて、すっかり根元はプリン状態だ。
大した度数のアルコールでもないのに、四杯を越したところで自由のそれは泥酔に近かった。熱い風呂にでも浸かったかのように赤く染まった顔をテーブルに突っ伏し、口にした言葉はどことなく呂律も回っていない。
「もっと一般受けする歌にできないかぁ〜って、それじゃオリジナリティが無くなるってんだよぉ〜」
「――オリジナル、ねぇ……」
そう静かに答えた向かい合って座る男は、サラリーマンにしては耳に掛かる髪が長めで、少し光沢のあるチャコールグレーの長袖シャツを軽く腕まくりしており、すっと通った鼻梁には黒縁の眼鏡。今年成人式に出席したばかりの自由よりもずっと年上な雰囲気だ。
適当な相槌を何度か打ちながら咥えたタバコに火をつけ、自由に当たらぬよう横を向いて燻らせた。
「おーい! きーてんのかよお〜!」
「聞いてる、聞いてる。うんうん、酷いよねぇ」
「だろぉ〜〜?!」
――熱い、熱い……。
服を脱ぎたいのに手が動かない――。
うわ言が口から出ていたのか誰かが服を脱がせてくれた。冷たい手のひらが胸に触れて、気持ちが良かった。
首筋がくすぐったくて手を伸ばしたけれど何かに当たって届かなかった。自分の指先が誰かの肌に触れた。
「…………ん……、なに……?」
耳元で誰かが何か話している――。やけに瞼が重くて自由はちゃんと見ることが出来なかった。
「平気……?」
男の……、低くて甘い、良い声だと思った……。
何を聞かれているのかわからなくて、身体がふわふわと熱いことしかわからずに自由はただ頷いた。
「なら、良かった……」
霞んだ視界の隅で男が笑うのが見えた。それと同時に身体に電気が走るような痛みを感じて、自由は爪先をぴんと伸ばし、高い声で鳴いた。
起き上がって確かめた羽毛布団は良質なもので触り心地が良かった。自分の家の煎餅布団とは訳が違う。重く霧が掛かった頭を少し傾けて自由はここがどこなのかをぼんやりと考えていた――が、全く見当がつかなかった。
その部屋は、自分の住むワンルームマンションが二つ入りそうなほど広く、大きな窓から見える風景は空がほとんどで、太陽が誰にも邪魔されずに明るく照っていた。
「あれ、起きた?」
背後でドアが開くと同時に男に声を掛けられても自由の顔はピントが合わないままだ。
「……誰?」
「誰って……酷いなぁ」
男は風呂上がりで湿った髪のまま自由のそばに寄り、耳元で囁く。
「――ねぇ、君。あと5キロ太れない? 抱き心地が悪いったらなかったよ」
オマケのようにふっ、と息を吹きかけられ悲鳴と共に自由は尻から床に落ちた。
「痛、痛ぇ!! ケツがっ、ケツがぁっ!!」
抑えた尻には落ちて打った以外の謎の痛みも強く広がっていた。
「まぁ仕方ないかぁ――、売れないミュージシャンなんて飯もロクに食えないもんねぇ〜」
動揺して涙目の自由とは正反対に男は落ち着き払って嫌味を言える程の余裕ぶりだ。
「売ッ、売れ、ミュッ……なっ?」
「君が延々昨夜零してたんだよー? インディーズからスカウトされたものの、自分の思い通りにさせて貰えないって――。ねぇ、でもこういうのはさぁ……」
男はベッドに腰掛けたまま、床にへたり込んだ自由を見下ろし蛇のような怪しい笑みを浮かべる。
「自分の実力で売れてから言うセリフだよねぇ?」
「………………」
「事務所はボランティアじゃないんだ。売れない奴は――――
退場――――だよ」
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