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連れて行かれたのは、体育館に併設されている弓道場だった。 御波の息遣いだけが聞こえる。 真っ直ぐ的に向けられた視線。 そこにはいつもの柔らかさは無く、別人のように見える。 洗練された動作1つ1つに思わず魅入った。 暫く構えたまま動きを止めた御波の集中力が増していく。 息をするのも忘れてその横顔を見つめた。 ギリッと弓の撓る音が微かに聞こえる。 意を決したように御波の瞳が揺らめいた。 矢が的に中る音が心地よく耳に響いた。 矢を射た姿勢のまま的を見つめていた御波が小さく息をついてこちらを向く。 「どーよ。」 ドヤ顔をしたあとふにゃりと笑ってピースサインをする。 さっきとは違う、いつもの御波だ。 俺はスマホを出して文字を打った。 『綺麗だった』 それを読んだ御波が照れたように笑う。 「いや~鳥羽に言われるとなんか照れるな!」 御波は少し間をあけて俺の横に座った。 あっちぃと手で顔を扇いでいる。 御波はデカいから弓を引くとかなり迫力がある。 本当に綺麗だった。 今までこんなに人に魅入ったことなんてなかった。 もっといっぱい思ったことを言いたい。 全部御波に聞いてほしい。 声が出したい。 (声が、出したい。) ぱっと思わず口元に手をやる。 俺、今なんて? 自分が思ったことに驚く。 きっかけは突然降ってくる。 御波。 俺、声が出るようになったら 最初にお前の名前と、 それとありがとうって言いたい。 「?鳥羽?」 不思議そうな顔で御波が小首を傾げる。 意を決して、ゆっくりと。 俺はまたスマホに文字を打つ。 『声が出せるようになりたい』 御波はそれを見て目を見開いた。 そして俺を見る。 「うん。そうだね。俺も鳥羽の声が聞きたいよ。」 そして御波はまた照れ臭そうに笑ったんだ。

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