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138 脱兎ーだっとー
最近、起きるのが遅くなってきた気がする。
失声症が治るまでは、なるべく人を避けるべく早めの登校を心掛けていた。
もう冬っていうのもあるかもしれないけど、全体的に緩んできている。
烏丸たちとも絡むようになって何かと視線を感じていたけど、クラスメイト達はそういう光景にももう慣れたようだ。
前よりクラスに溶け込んではいるものの、会話はまともにしていない。
萌志との関係もこれと言って大した進展もしてないけど、居心地が良いと言えば良い。
相変わらずたまに放課後、二人で寄り道をして他愛もない話をしながら、少し長めのキスをして名残惜しく感じつつも帰路に着く。
そんなことの繰り返し。
「———…って感じだけど、まぁ、満足しているというか。」
「はぁ?!満足?!お前ら二人そろって修行でもしてんの?!」
ダンっと机に拳を振り下ろした烏丸。
隣の男性客がぎょっとこちらを振り向く。
馬鹿、静かにしろ!と慌ててしまうのは、ここが普通に誰もが利用するファーストフード店だから。
当然ほかの客との距離も近い。
スムージーの容器がベコッとへこむくらい、手に力を入れている烏丸は呆れたように首を振る。
「お前ら本当に男子高校生??枯れてんの?ねぇ、枯れてんの????」
「枯れてるって???」
「ふっつう、もっと何かしら進展してるでしょーよ!
キスだけ?!ちょっと長めの?!中学生かな??????」
声を顰めつつも捲し立ててくる奴。
不満げに鼻を鳴らした烏丸は、ストローを思いっきり吸い上げる。
……マスクの下から。
変なやつめ。
逆に目立つっつーの。
「そんなこと言われても、俺だってどうしたらいいかとか分かんない。」
「まったく……萌志からお誘いとかないわけ???」
「俺が怖がることはしないって。」
「お前にはお前のスピードがあるんだろうけど、友人目線で見ると萌志が気の毒。」
そんなこと言われても。
男同士のヤリ方とか引くほど大変そうだった(ネットで見た)し、ましてや俺から誘うなんてできっこない。
尻の穴を解す?中を洗う?
無理やりされた時の感触を思い出して気分が悪くなり、結局それっきり大して調べていない。
萌志とそういうことがしたくないわけではないけど、前に萌志が何回も俺に言った通り、過去のトラウマで踏ん切りがつかない。
気持ちがいいとかそれ以前に、先に『怖い』という認識が来てしまっているから。
萌志が俺を無理やり犯すなんてことはないだろうけど、萌志が怖いんじゃなくて行為が怖い。
「待たせているという認識は、ある。」
「でしょうね。萌志の萌志がもう仏になっているかもしれない。」
「人の彼氏でそういうこと言うな。」
スムージーの容器を軽く振って、「もう無くなったんか、おぉ??」と顔をしかめている烏丸。
うーん。
先ほどから隣のおっさんからの視線が鬱陶しくて、正直場所を変えたい。
「烏丸、公園行こう。」
「え~???なんで??俺まだ食い足りないって。」
「テイクアウトすればいいだろ。」
「外さみーじゃん~」
「いーから!」
渋る烏丸の腕を引いて立ち上がらせる。
やっぱりこういう人が多いところじゃ、落ち着いて話もできん。
結局烏丸は、ホットのキャラメルラテを頼んで俺に奢らせた。
*
店を出て、白い息を吐きだす。
カバンから取り出したマフラーを巻いてぬくぬくと首を縮ませる。
母親が実家から新しいものを送ってきてくれたのだ。
ちゃんとLINeでお礼を言ったら、長文の返事が来て吃驚した。
人が多い通りを流れについていきながら、再び烏丸が口を開く。
「ん~、お前らは付き合う前も付き合ってからもいろんなことが起こるね~。」
「ん。」
「俺はハラハラさせられてばっかりだわ。」
ラテを飲んでおっさん臭い溜息を烏丸は吐き出す。
甘い飲み物をそんなに摂って胸やけとかしないんだろうか。
まぁ、別にいいんだけど。
呆れながら、烏丸から目を放した。
その時、
「あ、てめぇ、やっと見つけたぞ!」
そんな声と共に隣の烏丸がグイっと後方に引っ張られる。
手に持っていたキャラメルラテが、道に落ちて中身が零れだした。
「あぁー!俺のキャラメルラテが!!!まだ半分も飲んでねーのに!!!」
「うるせぇ!お前何で電話でねーんだよ!!!」
烏丸の腕を掴んでいる男をぽかんと見つめる。
誰だこいつ。
俺たちより少しだけ背の高いそいつ。
高校生ではなさそうだ。
キラリと光ったピアス。
グッと不機嫌そうに寄った眉根。
烏丸とどういう関係なんだろう。
「こいつが新しいやつか??あぁ??」
いきなり俺を指さして烏丸に詰め寄る。
烏丸は相手が誰だかわかっているらしく、襟首を掴まれてもしれっとしている。
俺たちの横を見て見ぬふりで人々は通り過ぎていく。
「そういうんじゃないって。
お前と違って、ちゃんとしたオトモダチ。
つか、手離せよ。触んな。」
「なっ……」
バシッと冷たく烏丸はそいつの手を振り払うと、俺を見る。
「ごめん、また今度な。
俺、ちょっとこいつと話しねーとだから。」
「え、でも…。」
「俺たちの問題だから、な??
また明日。」
戸惑う俺を他所に烏丸は落ちた容器を拾い上げて、進行方向を変える。
舌打ちをした男は俺を一瞥すると、烏丸をせかすように連れていく。
(え……いやいやいや…。)
俺は首ツッコまないほうが良い感じ??
いやでも。
烏丸の恋人?
でも、あんな風に襟首掴まれたりするもん??
人込みに紛れて、見えなくなった二人。
何となく嫌な感じがする。
烏丸は俺を、部外者だ、と突き放したけど。
放っておけない感じがした。
立ち尽くしているわけにもいかず、俺は慌てて二人の後を追いかけた。
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