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すっかり陽が沈んだせいで、部屋は暗い。 もう暗いから、遅くなっちゃだめだから。 そう言おうとしても口は開かない。 一緒にいたい。 2人無言のまま、肩を並べて床に座っている。 身体の間で固く繋がれた手は、解かれる気配がない。 「離したくない、って暁も思ってくれてる?」 聞き覚えのある言葉を萌志が口にする。 隣を見れば、期待の見え隠れするたれ目と視線が合う。 促すように首を傾げられた。 瞬きを繰り返して、繋がれた手を見つめる。 「……思って、る。」 「よくできました~!」 満足といった声色で萌志は、ふにゃりと笑う。 つられて俺も口元が緩む。 不意に萌志が体をこちらに向けて、空いてるほうの手を俺に伸ばす。 何だろうと身構えると 「っ……、……???」 前髪を払って、眉毛を指でなぞられた。 されるがまま、ぽかんとしてしまう。 往復する指の感触に戸惑いながらもじっとしていると 「眉毛、八の字。」 「?おう。」 「……暗くなってきたね。 もうあんまり暁の顔が見えない。」 名残惜しそうに頬を撫でられる。 その手に自分の手を重ねて、そっと擦り寄せた。 ちらりと萌志に視線を送ると、察したように吐息に似た笑い声が聞こえた。 「そんなのどこから覚えてくるの?」 「……うるせーな。」 「はいはい。」 両手で頬を包まれてゆるゆると親指で撫でられた。 顔にかかる影が一段と濃くなるのを感じて、目を瞑る。 顔に甘い吐息がかかって、跳ねる心臓に顔が熱くなった。 ……が。 なかなか降りてこない感触に、薄目を開ける。 「……キス待ちもかわいい。」 「……?!ってめっ、…はぁ?!」 ドカッと熱が上がった顔。 羞恥と共にそれを誤魔化すための怒りがこみ上げる。 「お前さっきもう、俺の顔見えないって!」 「いや~、なんか見えちゃったね!」 「あ?!見えちゃったってなんだよ!」 萌志の手を引っぺがそうと暴れるけど、なだめるようにフニフニと摘ままれて そのまま優しく吐息が重なる。 仕返しに萌志の顔も見てやろうと、目を開けると 「!」 至近距離で視線が絡む。 (こいつ……!) 意地になって俺も睨みつけるように見つめ返す。 負けてなるものか。 萌志はにんまりと目元を緩めて余裕の表情を見せる。 それが癪に触って一矢報いてやろうと企んだ。 軽く萌志の上唇に吸い付いてみる。 微かに目を瞠った萌志にさらに畳みかけた。 引き寄せるように髪に指を絡ませて、後ろの本棚に萌志を押し付ける。 拘束するように体に乗り上げた。 「んっ……?!」 慌てたように俺の肩を抑えた手を無視して、何度も唇の角度を変えてみる。 俺だって男だし。 ぎこちなくとも、攻めてみる。 時折俺を制そうと、手に力が入るけど。 それもしっかり押さえこんで唇を押し付けた。 暫く攻防戦を繰り返した末、萌志が段々大人しくなってキスを受け入れ始めた。 軽く食んだ後、ぺろりと舐めあげて萌志の様子を窺う。 いつの間にかぎゅっと目を瞑っている萌志。 ちゅっちゅと頬にキスを2回落として、身体を離す。 濡れた唇を拭って萌志を見ると、ぽやんとした顔で俺を見上げている。 何とも情けない顔だけど、艶々ひかる唇がなんともいやらしい。 「…っどーよ。」 ドヤ顔で問うてみれば、 は、と息をつきながら萌志は眉をしかめつつも笑いを浮かべる。 「……きもちかったです。」 「そりゃよかったです。」 るんるんと萌志の手を引っ張る。 されるがまま、立ち上がった萌志。 「……名残惜しいけど、もう帰んなきゃね。」 「うん。」 見上げる形で今度は素直に目を瞑って優しいキスを受け入れる。 離れていく熱を追いかけたくなるのをグッと我慢した。 * 多分もう、部活生とかは帰ってきているはず。 生徒はともかく、寮監にはバレないように帰さないと。 荷物を持った萌志をこっそり廊下に連れ出す。 「…暁。」 「シッ。静かにして。」 「………2人だと余計目立つから、俺一人で帰るよ。」 コソコソと俺に耳打ちをした萌志は俺の横をすり抜ける。 「でも……」 「大丈夫だって。ね?また明日。」 サラッと俺の頭を一撫でして、萌志は小走りをして俺から離れていく。 扉に手をかけたまま、その背中を目で追う。 曲がり角。 萌志は一回振り返って、手を振ってくれた。 俺が振り返すと 『ばいばい』 口を動かしてにっこり微笑んだ後、帰って行った。

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