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第30話
「なんで……店長は」
「彼は奥さんとカウンターにいるはずだが。ここにくるとき見かけなかったか?」
言葉に詰まる周防。不意打ちもいいところだ、まったく予想だにしていなかっただけに心と脳が混乱をきたしている。
この居酒屋の内装は凝ったつくりをしていて、店内中央にオープンキッチンが設けられ周りを囲むようにカウンター席が並び、そして部屋の外周に六つの個室が用意されている。
事前に知っていればカウンター席に目も向くだろうが、そうでなければカウンターに店長のすがたを探すなどまずあり得ない行動だ。
店長に一杯喰わされた──そう思い至ったが後の祭り。今更ひき返すわけにもいかず、かといって二の足を踏む気まずい状況だ。
そんな周防の心情を余すことなく酌む西園寺が席を立つと恋人をエスコートする。
「ほら座れ」
「……ありがと──っちょっ、おいっ」
椅子を引き着席を手伝ってやると、透かさず西園寺は周防の頬に口づけた。たとえ個室であろうと自室とは訳が違う、どこにひとの目があるやもしれないのだ。
慌てて顔を離すと西園寺を手でつき飛ばし、「ふざけんな」と声を荒げる。それに対し西園寺は優しげな笑顔を崩さないが、少しばかり表情が曇るのは杞憂ではないだろう。
西園寺は自分の席に戻ると改めて口火を切る。
「櫂には色々と訊きたいことはあるが、まずは乾杯でもしよう」
そう言うなり見計らったように個室のドアが開くと、あらかじめオーダーしておいたのだろうジョッキをふたつ手にした店員が現れた。
心地いい炭酸の弾ける小麦色した液体。きりりと冷えたジョッキが重なり合う音が響くと、刹那の至福を舌とのどで楽しむ。とはいえ周防は、のどごしの余韻に浸るほど心穏やかではない。
ジョッキを半分ほど空けた西園寺が本題に入る。
「さて……それで櫂は、どうして俺を避けていた」
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