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第29話

 今は見たくもない光景ではあるが、街ですれ違う恋人たちはみな幸せそうで笑顔が絶えなくて、それぞれが()を生き愛を育んでいるのだと羨ましく思う。  けれどすべての恋人が幸せだけを温めているわけではなく、たまには喧嘩もして泣いてぶつかって仲直りをして絆を深めていく。温かそうに睦む彼らのなかには、浮気の末に心が離れることもあったかもしれない。それでも許し手をふたたび取り歩み始めるのだ。  はあ……、このままじゃいけないよな。ちゃんとあいつと話し合わなきゃ。  ショーウインドーに映る自身の表情がひどく情けなくて、そんな己に活を入れるように両手で頬を叩いて覚悟を決める。店長には世話と心配をかけてばかりだが、今夜だけはぐだぐだに甘え勇気の補充をさせてもらおう。  よしと気持ちを切り替えると待ち合わせの居酒屋に急いだ。 「……どうして」 「やあ。久しぶりだね、櫂」  温かなオレンジの(ライト)に包まれた店内。金属質な音色を響かせるピアノ曲が流れる贅沢な空間に、周防にとっては異質とも言える不協和音が鼓膜を刺激した。  店員に案内された個室のドアを開いた周防。目と耳に飛び込んできたのは店長ではなく、今日までのらりくらりと躱し距離を取っていた西園寺だった。

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