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第32話

「は……なに言って──」 「悪い。いつか話そうと思っていた。だが櫂と過ごすうちに、このまま知られずつき合っていられたら──なんて卑怯な打算から身を守るようなことをして、結果としておまえを騙していた。 どうしても俺はおまえが欲しかった。どんな卑怯な手段を講じようと、最低な男と言われてもいい、それでも櫂を手に入れたかった。だが打ち明けてしまえばおまえを失ってしまうと、それが怖かった。すまない」  それだけ話すとテーブルにひたいを打つほどに頭を下げた。  浮気であることは疑う余地のない事実だが、まさか浮気相手が西園寺の妻だとは考えてもみない。つまりは恋人である周防との旅行と並行して、浮気相手の女も誘っていたわけだ。  しかも相手は西園寺の配偶者。何食わぬ顔をして彼氏として恋人を、夫として妻を同じ旅館に宿泊させるという常軌を逸した計画をたて、西園寺はそれぞれを愛し分けた。  あまりの衝撃的な事実に思考が働かず周防は放心する。  これまでつき合ってきた二年は何だったのか。その間ずっと西園寺に欺かれていたのだ、今までふたりで築き上げてきた関係や想い出が音をたて崩れ去る。  どうして自分ばかりがこんな目に。裏切りは恋のエッセンスとでも言うのか。過去に恋人から受けた裏切りと仕打ちを、まとめて彼が受け止めると言ってくれたからつき合うことを応諾したのに。  あの日の笑顔も過ぎし日の楽しみや嬉しさすら嘘で塗り固められていたのだ、もう彼が話すものすべてが信用することをできなくなってしまった。

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