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第36話
「ただいま。櫂」
三畳ほどの狭いキッチンで周防が夕飯の支度をしていると、およそ古アパートには似つかわしくのないエリート然とした男がドアを開け笑顔を見せる。
「おかえり。今日は早かったじゃん」
上質なスーツに身を包む精悍 な彼氏を出迎え笑みほころぶ周防。ふたりの身長差は十センチ以上あり、周防も百七十八と高身長だが西園寺はそれを軽く凌駕する。
キッチンから目と鼻の先にある玄関まで小走りで向かうと、西園寺よりビジネスバッグを受け取りスリッパを並べる。
いつもより早い帰宅に声が弾む周防。上目づかいに喜びを表情に乗せた恋人を愛しく思い、西園寺は細腰を引きよせると胸にとじ込める。そして軽くキス、目と目を合わせ微笑む。
「今日は残業もしないで帰ってきた。はやく櫂の顔が見たかったんだ」
「見たいのは俺の顔だけかよ」
腕のなかで口を尖らせ拗ねた表情をする小悪魔な嫌いのある恋人。そんな周防が愛おしくて堪らず、西園寺は抱く腕に力をこめて幸せを味わう。相好を崩し想いを伝える。
「ふっ──いや、もちろん見たいのは顔だけじゃない。まあおまえの顔が俺好みなのは確かだが、それ以上に櫂の身体も心も俺を捉えて離さない。
ここまで俺を虜にしておいて、今さら俺の気持ちが伝わらないとは言わせないぞ。もうおまえ以外では勃たなくなったんだ、今夜もたっぷりと責任を取ってくれよ──」
それだけを話すと朱に色づく周防の耳もとに口づけ、つよく吸い血のように紅い所有印を咲かせた。すると、ぼぼぼと音がしそうなほど周防は上気し、照れうつむき西園寺から距離を取る。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。つか早く手え洗って服着替えてこいって。もう飯できんぞ」
「くっくっ、了解」
踵を返しそそくさとキッチンに戻る恋人を満足気に眺めながら、くつくつと可笑しそうに笑い靴を脱ぐ西園寺だった。
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