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第12話
永らく歓楽街に根を張り”夜のキング”として君臨する高峻。
数々の伝説や武勇伝を持つ彼の才能は、ビジネスにおいても鮮やかな手腕を発揮。他の経営者を圧倒させるほどの成長度合いは、クールかつウェットな経営と一目を置かれている。
また揃い踏みのキャストを誇る高峻の店は、コンプライアンス意識が高く風営法でも優良店として名が高い。
なかには「ホストは下半身で客を取れ」と色恋営業をする輩もいるが、枕営業自体”不夜城の駆け引き”であり現状だ。大きな問題でも起こさない限り、暗黙のルールとして所轄の警察署もノータッチであった。
遥希が高峻の許で働きだして四年に差しかかる頃、一度だけ高峻はプライベートで代表の顔で訊いたことがある。
「遥希に大学を中退させてしまったのは、俺が安易にスカウトをしたことが原因だ。それは今でも後悔している。けど仕事は仕事、金を稼ぎ生計を立てるのに堅気もやくざもない。
これまでに酸いも甘いも経験してきたはずだ。この世界でやっていく意思があるのなら、どうだろう俺が引退した後この店を継いで遥希が操縦しないか」と。
それには迷いなく「いえ、大学を辞める決意をしたのは俺です。大枚をつぎ込み学ぶ意味がなくなりましたから。代表には感謝をしています」と遥希は答え、店の譲渡には「少し考えさせてください」と曖昧に濁した。
遥希には子供の頃から心惹かれている者がいる。親同士の仲がよく、兄弟のように育った幼馴染の男。思春期に差しかかる頃にはふたり只ならぬ関係となり、それは今でもつづく遥希にとってかけがえのない心の支えでもあるのだ。
思えば彼との距離はとても近くて、どちらからともなく求め合っていた。いつの間にか肌を重ねるようになり、両者ともに初めてを捧げあった特別な存在。
オーナーの権利を譲るという高峻の提案は破格であり魅力的だ、それは間違いない。けれど遥希は今一つ踏み込めないでいる。
どうしてかというと、それは彼──須原 一大 が存在するからだ。
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