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【BLホラー】少年κ その1

 気配を感じ、暗闇に目を眇める。  知らず知らずのうちに、僕は息を止める。  そこには、何もない。  ほっと胸を撫で下ろす。  気のせいだ。気のせい。  深呼吸をするように、ふうっと、息を一気に吐く。  自分に言い聞かせる。  何もない。大丈夫。  怖い物なんて、何もない。  その瞬間、耳のすぐ近くで、  ケタッ、ケタッ、ケタッ  不快な笑い声に、僕の体がビクッと飛び上がる。  そうだった。  いつだって、僕には、あいつの姿は見えない。  声だけしか聞こえないんだ。   ………ク……、………ク……、………ク……、  笑い声の後に、不明瞭な言葉が続く。  何を言ってるのだろう?  よせと思うのに、僕は、固唾をのんで耳を澄ます。   ……ツ…テ…ク……ツレ……イ………ツ…テイク……ツレテイ……  もうちょっと。  あと、もう少しで意味のある言葉になる。  必死に言葉を拾う。 「!?」    僕の体が、恐怖に飛び上がる。 ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク、ツレイテイク   コノコヲ イッショニ ツレテイク 「ええっ?」  言葉がはっきり聞こえた。  この世のものとも思えない凶悪なしわがれた声。    ブルブルと体が震える。  怖い。助けて。  誰か、助けて。    そして、  見えないけど、  いつの間にか数を増したあいつらが  「あの子」を暗闇に引っ張り込んだのが、僕にはわかった。      ◇  ◆  ◇  空が茜色に染まり、なんとも幻想的な色合いが一面に広がっている。  その神々しい風景の後ろでむせかえるようにヒグラシが鳴いている。  無人の改札を抜けると、ベンチとバス停があるだけ。  コンビニすらない、この村の景色は、7年前と何も変わらない。  この、ちっとも変わらない景色を見ていると、自分が今もなお、あの地獄の日々の渦中にいるのではないかと錯覚する。  渚(なぎさ)は、無意識に手のひらの汗をジーパンの太ももで拭う。  胸の奥がズクズクと疼く。  ――俺は、21歳の大人だ。中学生のガキじゃない。あんな奴には、もう、負けない。  二度と、戻ってくる気はなかった。  中3で、この村から逃げ出した時に全てを忘れ、捨て去ったはずだった。  あいつ、剛志(つよし)にまつわる全てを。  剛志と渚は、同じ村に生まれ育った。  過疎化が進むこの村は、1クラスしかなく、当然ながら小学校の6年間と中学校の3年間の合計9年間、同じクラスだった。  村には神社が1つあった。その神社は、大ムカデから村を守ったとされる蛇神を祀っていて、祭りをはじめとする村の行事のほとんどを取り仕切っていた。  なかでも、剛志の祖父は、蛇神のお告げを聞くことが出来るという、不思議な能力を持っていた。子供から大人まで村に住む者は例外なく、この祖父に畏敬の念をもって接していた。  剛志は、そんな神社の跡取り息子だった。  高学年の頃には大人並みになっていた長身、漆黒の髪と瞳の日本人形の様な整った顔つき。  臆することなく誰に対しても自分の意見をはっきり言う様子は、神社の子供ということを差し引いても、生まれ持ってのリーダーだった。剛志の事を嫌ったり、悪く言う者はいなかった。  渚は、そんな剛志のことが、大嫌いだった。  最初から嫌いだったわけではない。  多くの子供が剛志に対してそうであるように、渚も、憧れと尊敬の念を抱いていた。  小学校で同じクラスになり、初めて話しかけられた時は、天にも昇る気持ちだった。  教室で、姿を眺めるだけでも、ドキドキして嬉しかった。  それが、嫌悪に変わってしまったのは、高学年になったころからだった。  ――あんなことをやりだしたから……  体の奥底に渦巻く、黒い感情はちっとも枯れずに、今もなお、ドロドロと粘度を増して当時と同じ場所に存在している。  渚が、二度と足を踏み入れないと決心していたこの村に帰ってきたのは、あいつ……少年κがきっかけだった。

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