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【BLホラー】同級生

 彼に初めて会ったのは、高校の入学式。  彼は、厳かな式の最中の静まりかえる講堂の中を、全く躊躇なく堂々と入ってきた。  大幅な遅刻だった。  皆の視線を一斉に浴びて、焦ることも、戸惑うこともなく、落ち着きはらった態度。  新入生だというのに、すでに王者の風格があった。  そのまま名前を呼ばれて壇上にあがると、悠然と新入生代表の挨拶を終えた。  彼が自席に戻ると、まるで魔法が解けたかのように講堂が騒めいた。  ヒューと誰かの口笛の音がする。  隣の女子が、上気した目を向けている。 「あの人、かっこいい」、そんな囁き声が後ろから聞こえる。  この講堂の誰もが、一瞬にして彼に心を奪われたのがわかった。  そして、僕も例外ではなく、がっちりと彼に囚われてしまった。      ◇ ◆ ◇  彼の名は、葛葉夢人(カツハユメト)と言った。  背が高く、整った顔つき。  成績は学年トップで、運動神経もよい。  それだけでも十分なのに、彼には人を惹きつけ、かしずかせる魅力があった。  皆、彼と知り合いになりたがった。  しかし、彼にとっては、そんなことはどうでもいいことのようだった。  周りの目は関係ない。  自分の軸をしっかり持っていて、決してブレない。  それは、いじめられっ子で、周りの目を気にしてビクビクしている僕にはないものだった。  そんな彼の姿勢に、僕はますます惹かれていった。      ◇ ◆ ◇  そんなある日、彼は休んだ。  2日休み、3日目の朝、始業ギリギリにやってきた。  それから、始業ギリギリに登校することが増えた。  睡眠不足か、目の下にうっすらとクマが出来ている。  いったい、どうしたのだろうか?  教室で二人っきりになった。  こんな機会は、めったにない。  散々、彼に話しかけようか迷って、やめた。  僕の存在なんか、気付いていないかもしれなかったから。  それから、一週間たっても、状況はそのままだった。  表面上は、いつもの通りだけど、彼が憔悴しているのが僕にはわかった。  だって、入学式から数か月、僕はずっと彼の事しか見ていなかったから。  昼休み、裏庭のベンチに行く。  彼がひとりになりたい時、ここで寝転んでいることは知っていた。  どうやって、声を掛けよう……僕があれやこれやと思案していると、彼から声を掛けてきた。 「何か僕に用事?」 「えっと……」  いざとなると、どうやって切り出せばいいかわからない。    心配事があるの?  悩みがあるなら聞くよ?  そんなこと、一度も話したことがない僕に言われても困るに違いない。 「いつも、後ろの席から僕のことを見てるだろ?」 「えっ、知ってたの?」 「あんなあからさまな視線、気付くに決まってる」  そんなにジロジロと見てしまっていたのだろうか?  顔が熱い。さぞかし、真っ赤な顔に違いない。  こうなったら、ヤケクソだ。   「最近、元気がないでしょ? どうしたのかなって思って」 「え?」 「学校来るのも、ギリギリだし」 「え?」  彼は、瞳を大きく見開いた。初めて見る彼の表情。 「吐き出すだけでも楽になると思うよ。僕なんかじゃ、不足かもしれないけど」  下心というか不純な気持ちが伝わってしまわないように、平静を装う。  恋心とは関係なしに、彼を励ましたい気持ちは本物だ。  ただ、これをきっかけに彼との距離が近づけばいいなとは思うけれど。 「うーん、じゃあ、聞いてもらっちゃおうかな」  彼が二カッと悪戯っ子のような笑顔で笑う。  うわ、なんて笑顔だ。  その笑顔に、心臓が早鐘を打つ。どんな人も一発で虜にする笑顔だ。  ふわふわと、周りの空気がピンク色に染まる。  彼の隣に座って、言葉を交わすだけでも奇跡なのに、笑いかけられた。  こんな幸運があって、いいのだろうか? 「実は、恋人とうまくいってなくてさ。自分がガキ過ぎて嫌になる……自己嫌悪で落ち込んでた」  ズーンとすごい攻撃が、胸を直撃する。  全然、予想もしていなかった。  天国から地獄に真っ逆さま。  いきなり、失恋だ。何も始まっていないのに。  僕は、クラクラする頭を押さえながら、口を開いた。 「恋人は年上?」 「うん。23歳だから7歳上」 「どんな人?」 「素敵な人だよ」  すごく優しい表情を浮かべる。  あー、大好きなんだなってわかる表情。  自ら深く、深く、墓穴を掘る。  詳しく聞いたせいで、想像に肉付けされる。  のっぺらぼうの恋人が、どんどんリアルになっていく。  そんな年相応の可愛い表情をしないで。  どんな時も乱されず、堂々とした王者の表情でいて。  そうじゃないと……  もっともっと、好きになってしまう。  諦めることができないじゃないか…… 「なのに、手を出そうとしているヤツがいてさ。ここだと絶対に負けない自信はあるんだけど、ヤツのフィールドだと手出し出来なくてさ」  辛そうに顔を歪める。口では強がりを言っているのに、泣くのを一生懸命堪えているような表情。  こんなにも彼に愛されているのに、そんな表情をさせるなんて信じられない。  彼には相応しくない。さっさと別れればいいのに。  僕なら、絶対にそんな思いはさせない。  苛立つ心を必死になだめる。  きっと、彼にとって、その恋人は特別なのだろう。誰も代わりになれない。 「乗り込んでしまいなよ。反則でもなんでもいいじゃん。自分が有利になるものをもちこんで、彼のフィールドを自分のフィールドに変えてしまいなよ」  彼の恋路なんて、これっぽっちも応援したくないのに、上手くいく方法を必死で考える。  やっぱり、彼に負けて欲しくはない。  彼には笑っていて欲しい。 「そうか、持ち込んだらいいか……うん、それ、いいかも。それで入り込めるかも」  彼の目がキラキラと輝きだした。  よくわからないけど、恋敵をやりこめる方法が見つかったのなら、それでいい。 「ありがとう。君のおかげで気持ちが楽になった。君は? 僕は君の為に何をしたらいい?」 「え?」 「まだ、ここにいる? もう、気が済んだ?」  彼の言葉の意味が分らない。  気が済んだってどういうことだろう?  僕の恋心に気付いていたのか? 「旅立ちたいのなら、祓うよ。まだ、この世に未練があるのならこのままにしておくけど」  そうだ。  僕が彼に惹かれて、惹かれて、どうしようもない理由がわかった。  彼の顔や性格。  それはそれで理由の一つではあった。  けど、もっとも、惹かれたのは……  彼なら祓ってくれるって、一目見てわかったからだ。  この校舎に捕らわれて、旅立つことのできない僕を救ってくれるって、わかっていたから。 「お願いするよ。僕を祓って」  彼は、長年の親友に対するような微笑みを向け、僕の頭を優しく撫でて言った。 「じゃあ、またな」  うん。また今度。  僕の恋心は成就しなかったけど、君とは友達にはなれたのかな。  君と出会えてよかった。  いつか、どこかで君と会えるのを楽しみに待っている。 僕は、静かに目を閉じた。

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