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最終話_【BLホラー】夢 その6

「……痛っ!」  西村が、痛そうに顔を顰めた。頬がパンパンに腫れ上がっている。   「ここ、あんたの夢なのに、その頬の骨折は自分で治せない……痛みも、和らげることも出来ない。出てくるものに関しても、俺や不浄のもの、それどころか自分の精神状態すらコントロールできない。なのに、渚に対してだけはあんたの思う通り、自由に出来る……妙だな」  夢人が、独り言のように呟きながら、夢の中を進む。  確かに、妙だ。  さっき、西村は、ここは自分の夢の中だから、全て思い通りになり、誰も逆らえないと言った。  でも、夢人の言う通り、全然西村の思い通りになっていない。思い通りになっているのは、渚の体だけだ。 「あんたは最初、首を絞められて殺される夢を見るって、すごく怯えていた。そして、腹には手の痕がついていた……渚がいれば、首を絞められることも、手の痕がつくこともない」  結局、どういうことなのだろう?  渚は、首をひねった。  夢人は、さっき、不浄のものの臭いは感じないがそれに類するものの存在は感じると言った。  それは、西村に近い存在だと。  姿を一度も見せない、西村の両親のことが思い浮かんだ。  あの時、父親を辛辣に語った西村に違和感を覚えた。  何か関係があるのだろうか? 「臨、兵、闘……」  夢人は、地面に腰を落として胡坐をかくと、指を複雑な形に変化させながら小さな声で呪文のようなものを唱え始めた。  印を結んでいるのだ。  結界を張ることで、自分たちを切り離し、この世界全体を俯瞰するつもりなのだろう。 「……在、前!」  全て唱え終わった瞬間、テレビの電源をおとしたようにスッと周りの景色が消えた。  さっきまでの闇ではない。これは、完全なる無だ。  ……イ……テル …ア……シ……、…アイ………ル…、……   声じゃない。  概念が流れ込んでくる。 アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル アイシテル  狂おしいほどの愛の言葉。  その想いの重さに、潰されそうだ。  これは、一体、誰の想いなのだろうか?    ジリジリジリ  遠くで鳴り響く音がする。    ――何の音だろう?  その正体に思い至った瞬間、無意識にとめていた。  目覚まし代わりにセットしていたスマホのアラーム音だった。  ――戻ってきた。  眠い目をこすりながら、隣を見る。  夢人の姿は、そこにはなかった。      ◇ ◆ ◇  研究室に行くと、西村は休みだった。  頬骨の骨折の治療のため、しばらく入院するとのことだった。  夢の中で、西村にはひどい仕打ちを受けた。  それでも、西村の事を嫌うことも、放っておくこともできない。   「どうして、治療しないんだよっ! 手術すれば、いいだけじゃないか? 難しいもんじゃないのにっ……そんなに死にたいなら、早く死んじまえっ!」  病室の中から、西村の怒鳴り声が聞こえてきた。  開いているドアから覗き見ると、西村が50代後半の白衣の男性をギリギリと睨みあげている。  男は、彫りの深い、整った顔立ちをしていた。  その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。 「もう、決めたことだ。私の人生だ」  感情的な西村とは対照的に、浮かべた笑みを崩さずにきっぱりと告げると、もう会話は終わったとばかりに部屋から出てきた。  冷たい拒絶だった。  戸口に立ち尽くしている渚に驚きもせず、穏やかな笑みのまま会釈するように頭を下げると、白衣を翻して廊下を進んでいった。  感情が伴わない、表面的な笑顔。まるで、人形の様な。 「いつだって、俺の事なんて眼中にない……少しは俺のことを見ろよ」  ドアの向こうから、西村のつぶやきが聞こえる。  思わず漏れてしまった心の声が、切ない色に染まっている。  出直すか迷ったが、意を決して声をかける。 「西村さん? 渚です」  中で、息をのむ気配がする。  渚が顔を覗かせると、西村が気まずそうに口を開いた。 「いつからいた?」 「今来たところ。えっと、今の人って、主治医の先生ですか?」 「いや、父親。この病院の理事長で病院長」 「ええ! 西村さんの家って、こんな大きな病院を経営していたの?」  どうりで、あんな豪邸に住んでいるはずだ。  それにしても、西村の父親は、想像していた印象と随分違った。  話を聞く限りでは、欲にまみれた、見るからに好色そうなオヤジだと思っていた。  まさか、あんな全身から諦観を漂わせている人とは思いもよらなかった。 「あいつ、肝臓ガンなんだ。治療する気はないらしい。一刻も早く手術すれば、それだけ生存率もあがるのに……いざとなれば、俺の肝臓だって半分やるのに……」  ずっと、父親の事を憎んでいるのだと思っていた。  愛情の反対は憎しみではない。むしろ、憎しみは愛情の裏返しだ。  西村の顔に浮かんでいるのは、まさしく、恋に焦がれている者のものだった。 「あんなヤツ、早く死んでくれた方がせいせいする」  そういって、西村は窓の外に顔を向けた。  語尾が震えている。  渚は、かける言葉が見つからず、病室を早々に辞した。  廊下を歩いていると、見覚えのある姿が横切った。  西村の父親だ。  渚は思わず、声を掛けた。 「西村さんのお父さん!」  訝しげに振り返った表情が、すぐに取り繕ったかのように柔らかな笑顔にかわる。 「耀司の見舞いに来ていたね。有り難う」 「あの、お話があります。少し、お時間を頂けますか?」 「じゃあ、院長室で話を聞くよ。ついて来て」  エレベーターで最上階にあがると、立派な応接室に通された。  ふかふかのソファーで向かい合う。 「西村……耀司さんの頬の怪我の原因をご存知ですか?」 「階段で転んだと聞いているが?」 「耀司さん、ここのところ、悪夢に悩まされているんです。殺される夢。夢の中で、首を絞められて、目覚めるとお腹に手の痕がついている」  西村の父親の顔色が変わった。今までの表面的なものとは違う。 「手の痕、多分、肝臓の場所だと思うんです。もし、差し支えなかったら治療を拒んでいる理由をお聞かせいただけますか? 何か関係があるんじゃないかと思うんです」 「夢の内容を、具体的に聞かせてもらえるかな?」 「俺が夢の中に入ったときは、暗闇で、訳のわからない存在に追いかけられて……」 「え、君は夢の中に入ったの?」 「はい」 「その夢の中には、誰でも入れるの?」 「誰でもってわけではないです」  夢人も一緒に入ろうと、何度も試したが無理だった。  不浄のものの力を借りて、昨夜、ようやく入れたのだった。  ひょっとしたら、西村の父親なら可能かもしれない。 「今晩、試してみませんか? 一緒に夢の世界に行けるか」  西村の父親は、静かに頷いた。      ◇ ◆ ◇ 「ここが、夢の世界か。確かに、普通の夢とは違う」  渚は、いつもの暗闇の中にいた。  隣には、西村の父親。  院長室の隣にある部屋で西村の父親と眠りについたのだ。  予想通り、西村の父親はこちらの世界に来ることが出来た。  西村は、まだ、現れない。  眠りについていないのだろうか。  ザラリとした殺気に肌が粟立った。  あの禍々しい存在に、見つかってしまったようだ。  すぐそばで、様子を窺っているのがわかる。  ちらりと、隣を窺う  西村の父親も感じているようだ。 「うわっ」  突然、首を締め上げられた。  必死で抵抗するが、締め上げる力は緩まない。  西村の父親も慌てて、渚の体を抱き起すが、見えない力はますます締め上げてくる。 「んっ」  苦しくて息ができない。  ガンガンと顔全体が心臓になってしまったように早鐘を打つ。 「やめろっ」  西村の父親が大声で叫びながら、見えない存在を必死で振り払う。  ――苦しい 「やめろっ! 司(ツカサ)やめるんだ!」  その言葉に、締め上げる力が急に緩んだ。 「グェッ、ゴホゴホ」  勢いよく流れ込んだ酸素に、涙を流しながら咳き込む。  助かったのか?  それにしても、一体、どういうことなのか?  司って誰? 「司? いるんだろ? 姿を見せてくれっ」  西村の父親は、渚の存在が目に入っていないようで、人が変わったように、感情をあらわにして叫んでいた。 「どんな姿でもいい。私の前に現れてくれっ」  とうとう、その場に膝をついて嗚咽を漏らした。 「司って?」 「そいつの死んだ恋人」  背後からの声に振り返ると、西村が立っていた。  父親の声を聞きつけたのだろう。  二人の前までゆっくりと歩いてくると、まるで泣くのを堪えるかのように顔を歪めた。 「そいつは、恋人を捨てて病院長の娘と結婚した。捨てられた恋人は自殺した」 「違うっ! 私は、司と別れるつもりはなかった。本当に愛していたのは司だけだった」 「じゃあ、なんで結婚したんだよ。しかも俺みたいな、ガキなんか作って」 「それが、あいつの最後の願いだったから。遺書に書いてあったんだ……」 「遺書?」 「もともと、お前の母親と婚約していた。前病院長の強力な後押しで婚約しただけで、恋愛感情はお互いになかった。そんな時に司と出会ったんだ」  好きな人が出来たから婚約を解消して欲しいと願い出たところ、解消するのはやぶさかでないが、また別の人間と婚約させられる。  自分は、誰とも結婚したくはない。跡継ぎさえ出来れば、誰にも何も言われずに自由に生きられる。  だから、婚約解消したいのなら、自分と子供を作ること、それが母親の出した条件だった。  その条件の遂行中に、突然、司から別れ話を切り出された。  そんなことは、認めないと関係修復を試みている間に、司はマンションの屋上から身を投げてしまったのだった。 『自分のことは忘れて、西村のお嬢さんと結婚して幸せな家庭を作って下さい。もし、可能ならば、子供の名は耀司(ヨウジ)として欲しい』  それが、遺書の内容だった。  耀司が生まれてすぐに、事故で母親が亡くなった。それ以降は、内縁関係のみで誰とも籍はいれていない。 「司が亡くなってから、私は死んでいるのと同じだった。これであいつのところに行ける。司? いるんだろ? 今すぐ、私を連れて行ってくれっ」  恍惚とした表情を浮かべて、西村の父親は叫んだ。  その姿は、まるで狂人のようだった。 「ふざけるなっ! 俺はどうなるんだ? あんたとそいつの名前を勝手につけられて、母親との間に愛もなく生まれてきた俺は一体、何なんだ? 責任とれっ! あんただけ、勝手に死ぬなんて許さない。これからの残りの人生、俺の事だけを愛して生きろっ!」  西村はしゃくりあげながら、父親にしがみつきその体を激しく揺らした。  小さな子供のように身を震わせて慟哭する姿に、渚の視界も涙でぼやける。  勝手だ。勝手すぎる。  身勝手な大人に振り回され続けた西村の人生を思うと、涙が止まらない。  あの豪邸で、1人過ごしてきた西村の幼き日は、あまりにも悲しい。 「司をあんな形で亡くして、自分だけ幸せになれない。なったらダメだと言い聞かせて生きてきた」  苦し気に、西村の父親が口を開いた。  さっきまでとは違う。しっかり、地に足をつけた覚悟を持った目だ。 「お前の母親との間に、全く何もなかった訳じゃない。ちゃんと情のようなものは生まれていた」  西村の髪を優しくかきあげる。 「お前が生まれたときは、本当に嬉しかった。幸せになったらダメだと思いながらも、一緒に過ごすうちに幸せを感じてしまうこともあった」 「西村さんのお父さんも、西村さんも、幸せになっていいんですよ。きっと、亡くなった司さんも、それを言いたくてこの夢の世界に2人を導いたんだと思う」  きっとそうに違いない。  西村の父親が肝臓ガンだとわかったこのタイミングで、この夢は偶然じゃない。  生きる気力を再び取り戻すために、そして幸せになって欲しくて呼び寄せたんだ。 「幸せになってもいいのか……私は、笑って生きてもいいのか?」 「だって、幸せな家庭を作って下さいって書いてあったんですよね? それを望んでいますよ。ちゃんと、治療して幸せになって下さい」 「ううっ」  西村が、とめどなく涙を流す父親を抱きしめた。  西村の方が大きい。もう小さな子供じゃない。  この先、お互いに支え合って生きていける。  真っ暗な世界が白み始めた。目覚めが近い。  西村も父親もそして渚も、この世界に来ることはないだろう。  渚が目覚めると、目の前に夢人の顔があった。  渚は、夢人の頬に手を添えると、そっと自分の唇を重ねた。 「ただいま」  自然に、言葉が出た。  やっと、西村の夢の呪縛から解き放たれ、夢人のところへ帰って来れた。  そんな気がしていた。 「おかえり」  夢人は、悪戯っ子の様な笑顔でにっと笑うと、深い口づけを返してきた。  互いの舌が、口腔内で追いかけっこをするように絡みあう。 「んんっ」  ワザとらしい咳払いが聞こえ、我に返る。   ここは、院長室の隣の部屋だ。  すばやく、見渡すと西村の父親の姿はそこにはなかった。  その代わりに、西村がいた。  目覚めてすぐに、病室からやって来たのだろう。  渚の口の中をまさぐっている夢人を引き離すように押しのけると、西村が照れ隠しのようなしかめっ面で言った。 「あのさ、いろいろとありがとう。多分、これで解決だと思う」 「うん。良かった。お父さんもちゃんと生きる気力を取り戻してくれたみたいだし」 「渚のおかげで、何もかもうまくいきそう。本当にありがとう。…………もらって感謝している」  念を押すように、真剣な顔でお礼を言われた。    この先の二人がどうなるのかは、わからない。  西村の恋心が成就するのか、そもそも、あれが恋心かも渚にはわからないのだけど。  それよりも、夢人だ。  渚には、夢人に伝えなくてはならないことがある。  マンションに着くと同時に、どちらからともなく激しい口づけを交わした。  夢人の親指が渚の乳頭をこねくり回しながら、逆の手がすばやく下着の中に差し入れる。 「……んっ……」  甘い吐息が洩れる。  夢人の匂いを思いっきり吸い込む。  ――やっぱり、好きだ。大好きだ。  自分には、夢人しかいない。  そう確信できる。  胸の中が夢人でいっぱいになる。  ――もっと、もっと、夢人でいっぱいになりたい。  後の穴がムズムズする。  夢人を体内でしっかりと感じたい。 「夢人、入れて」  応えるように、夢人が窄まりにペニスを押し当て、まるで初めての時の様におそるおそるといった感じでゆっくりと入ってきた。  こうやって、体をつなげるのはいつぶりだろうか?  夢人は、時間をかけて、すべてを渚の中におさめるとギュッと抱きしめた。 「もう、どこにも行かせない。渚は、僕だけのものだ」  夢人が、耳元で震えるように囁いた。 「夢人、ごめん。俺も夢人だけ。夢人が大好き」  西村との事は、夢の中だけ。  あれは、夢のせいで二人ともおかしくなっていたんだ。  だって、西村にも自分にも、こんなにも想う人がいるのだから。  執拗に乳頭や尿道口を責めると思っていたら、「ピアス穴、あっちの世界だけでよかった。目覚めても、穴があいたままだったら嫉妬でおかしくなりそうだった」と、心底ホッとした顔で言われた。    すっかり、忘れていた。  渚は、悶絶する痛みを思い出し、ブルリと体が震えた。  あれは、本当に痛かった。  あんなことは、もう二度と御免だ。 「でも、渚がやりたいなら、僕、頑張れると思う」 「いやいや、絶対無理。勘弁して」  即座に否定する。  夢人の目の奥が光った気がするが気のせいに違いない。 「西村さんのお父さんと西村さん、どうなるのかなぁ。今までの分も取り戻して、幸せになって欲しいな。司さんも今回、そのために現れたんだろうし」 「そんなに単純な話かな……あれは生きている人間の思念だと思うけど」 「え?」 「何でもない。それより、もう一回しよう?」 「うわぁ」  そういえば、院長室で見覚えのあるルビーのピアスを視界の端に捉えた気がする。  それに、お礼を言われたときに「練習台になってもらって感謝している」と聞こえた気もする。    多分、間違いだろう。  西村も自分も、そんな趣味はない。夢の力で変になっていただけだ。  そう、あれは夢の世界だけの話だ。  それに、実際にあんなピアスは存在しないはず。  目覚めた渚にはピアス穴なんてあいていなかったのだから。      ◇ ◆ ◇  僕は、横で寝息をたてている彼、耀(アキラ)の顔を眺めていた。  自分の首に手をやる。彼の手の感触がよみがえる。  あのまま、絞め殺して欲しかった。  失敗した。あと、もう少しだったのに。  できることなら彼に絞め殺して欲しかったけど、仕方がない。  僕は、便箋と封筒をとりだした。  彼に最後の手紙を書くために。 『自分のことは忘れて、西村のお嬢さんと結婚して幸せな家庭を作って下さい。もし、可能ならば、子供の名は耀司(ヨウジ)として欲しい』  何もかも捨てて、どこか遠くで暮らそう。  何でもないことの様に彼は言ってくれた。  愛する彼と暮らせたら楽しいだろう。  でも、一緒に行けない。  だって、病魔で侵されたこの体は、あと数ヶ月の命だから。  そもそも彼に出会ったのは、ターミナルケアのための転院の手続きでこの病院を訪れたからだ。  そこで、一目惚れした。  彼の素性はすぐにわかった。病院長の娘と婚約していることも。  諦める気はなかった。  人を愛したことのない僕の最初で最後の恋だ。  本気の恋を経験して死にたかった。  僕は、転院手続きはせずに、それこそ死ぬ思いでアタックをした。  彼は、僕の想いに応えてくれた。  本当に素敵な人だ。  僕が死んだあと、すぐに誰かのものになるだろう。  そんなことは、耐えられない。  彼は、永久に自分のものだ。誰にも渡したくない。  そんな時、彼の婚約者から彼と別れて欲しいと土下座された。  プライドが高そうな女なのにびっくりだった。  好きな人が出来たから別れて欲しいと彼から言われたらしい。    彼女は、本当に彼を愛していた。  だから、彼女と取引をすることにした。  彼を彼女のところに返す。  その代わり、子供を作ること。  そして、彼を愛していることを本人に悟られないようにすること。  そろそろ、彼女の中に放った彼の精子が卵にたどり着くころだろう。  僕の命が消える瞬間と、受精の瞬間が重なったとき、僕は新たな命を手に入れる。  そのタイミングが重なるのは天文学的な数字。  ほぼ、不可能に違いない。  でも、ゼロではない。  わずかな確率にかける。  必ず、この賭けに勝ってみせる。  彼の息子として生を受けることが出来たなら、彼の愛情を独り占めする。  そして、彼がこの先、誰も愛することができないように、僕の印をつける。  そのペニスと乳首に。  準備はできた。    耀、待っていて。  今から、僕は君の子供になるために、旅立つよ。  生れてきた僕の顔を見たら、耀司って抱きしめて。  アイシテル

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