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第1話

「といっく、おあといーと!」  ドアを開けた瞬間、足元から元気な声が飛び込んできた。声の主は目をきらきらと輝かせて、浩之(ひろゆき)の脚へと抱きつく。 「もうすぐハロウィンだから、保育園で教えてもらったんですって。ヒロもお菓子をねだられるわよー」  玄関に大きな鞄を置きながら、浩之の姉、美里(みさと)が苦笑する。顎のあたりで切り揃えられた黒く癖のない髪が、細身のパンツスーツによく似合っている。 「土日に出張が入るなんて参っちゃうわ。ヒロにもいつも迷惑かけて」 「迷惑じゃない」  ぽつりとこぼすように言うと、美里は綺麗に整えられた眉をハの字に下げて笑った。 「そう言ってくれるのは助かるけど……土日に子守なんかさせて、恋人に怒られたりしない?」  探るような瞳を向けられる。浩之は足元の小さな密告者をちらりと見やった。 「そんなことより、早く行かなくて良いのか?」 「ああっ、いけない! (あおい)、ママ行ってくるからね」  しゃがみこんで小さな身体を抱き寄せ、美里はふっくらとした頬に軽くキスを落とした。 「タロウに会いに行く!」  膝の上で葵が唐突に叫んだ。 「アオ、タロウに会いたい! 一緒にボールで遊ぶの!」  先ほどまで、母親がいないとめそめそしていたのが嘘のようだ。膝から飛び降り、浩之の腕を引っ張る。 「……アオ、木ノ下(きのした)さんはきっと忙しいから、今日はダメだ」 「タロウのパパ? どうして?」 「タロウのパパじゃなくて、木ノ下さんだ」 「ううー」  発音が難しいのか、それとも本気でそう思っているのか、何度訂正しても葵は木ノ下のことを「タロウのパパ」と言う。  確かに、木ノ下には葵くらいの年齢の子供がいてもおかしくはない。  浩之は、半年前に出逢った、物静かな年上の男の姿を思い浮かべる。その穏やかな表情が、泣き出しそうに歪められた瞬間まで鮮明に――

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