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38 気になる背中〈1〉*

 時は遡り七月下旬、前期の試験期間が始まる前の水曜日。その日も利人は白岡に連れられて資料館、レストランへと足を運び、そしてホテルの一室に足を踏み入れていた。  白岡の広い背中を見つめる。  利人が白岡の後ろを歩く時、彼は背が高い為自然と視線は背中へと向けられた。 (……何か、)  じっと目を凝らしてシャツで覆われたその背中を見つめていると、白岡はくるりと半身を返しこちらを向く。背中は隠れ、利人はぱちりと瞬きをする。 「利人君。準備しておいで」 「あ、はい。……霞さん」  悟られまいと咄嗟に視線を下げると、頭上からくすりと細やかな笑い声が聞こえてちらりと視線を上げる。 「ごめん、何でもないよ。最近はちゃんと『そう』呼べるようになったなあって思って」 「……すみません。慣れないんですよ、教授を名前で呼ぶの」  気まずそうにそう口にすると、真面目だなあと何度言われたか分からない言葉を白岡はまた口にする。  鞄を机の脇に置いて利人はシャワールームへ向かった。ホテルでのこのやり取りも『準備』もその後の事も、もうそろそろ両手の指では足りなくなる程交わして来た。  シャワーの熱湯が心地良く肌を打つ。目を瞑り、その温度に全身を感じる。  白岡はこういう時、利人を『雀谷君』ではなく『利人君』と呼ぶ。  そして利人にも同じ事を要求する。『白岡教授』ではなく『霞さん』と。  利人はどうにもそれに慣れず、最初の頃は『教授』と呼んでは白岡に訂正されていた。  プライベートだから、といつだか言っていただろうか。  利人にとって白岡が教授である事に変わりはないのだが白岡はどうやら違うらしい。 (教授の考えている事はいまいち分からない)  そう、分からない事だらけだ。  大体何故『自分』なのか。それが一番理解し難い。  セックス依存症のような事を随分前に言っていたが、何もそういう経験のまるでない人間を相手にする事はないだろう。 『準備』の仕方を一から教えたり余計に気遣ったりなんて、きっと白岡と同じ類の人間が相手であれば必要なかった事だ。 されるがままで何のテクもなければ可愛げも色気もない。 (どう考えたってつまらない……)  きゅっと蛇口を閉めて溜息を吐く。  利人自身、どうせするなら楽しもうなんて考えはない。  この行為は白岡がやめると言えば終わるのだ。早く飽きてしまえばいいのに、白岡は二週間に一、二回程度のこれをペースを崩す事なく続けている。  そうしてこの日も白岡に抱かれた。  中に入って来る異物感と苦しさ、ぞっとするような不快感に身体が強張る。 (失敗した。シャワー頭から浴びたから酔いが醒めてる)  いつもは身体に残ったアルコールが緊張を和らげてくれるが今は殆ど冴えてしまってその効果に期待は出来ない。 (苦しい)  前を梳かれ、揺すられ、次第に強く突かれる。  唇を噛んで息を殺した。中を突かれる度に抑え込まれくぐもった声が微かに零れる。 「……ッ」  ちり、とそれまでと異なる刺激を感じてびくりと肩が揺れる。 「霞さん、そこ……嫌です」  振り返り、熱い息を吐き出して声を震わせる利人に白岡は目を細めてごめんねと言い腰を引く。  ほっと安堵の息を吐いた。  白岡は利人が本気で嫌がる事も無茶な抱き方ももうしない。  時折意地悪く、けれど身体への負担が少なくて済むよう優しく抱くだけだ。  優しく、と言うより巧く、と言った方が正しいのかもしれない。何も恋人にするように大事に抱かれている訳ではないのだから。  だからだろうか。  利人には白岡とセックスをしているという実感があまりない。

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