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39 気になる背中〈2〉

 はあ、と息を吐いて乱れたバスローブに包まれた身体を横たえる。ベッドの端に座りコンドームを外す白岡の背中をぼんやりと眺め、徐に口を開いた。 「霞さん、もしかして痩せました?」  え、と白岡は驚いた顔をして振り返る。 「そう見える?」 「何となくですけど……その、疲れてるっていうか」  行為に及ぶ時、利人も白岡も完全に裸になる事はない。利人は便宜上バスローブなどのホテルの備品を使う為多少乱れる事はあってもそれを取り払われる事はなく、白岡に至ってはいつも来た時の格好のままだ。  脱ぐのが面倒なのかもしれないし、利人に関しては利人の身体があまりにも粗末で気に入らないから隠しているのかもしれない。何にせよ、これ以上恥ずかしい目に遭わなくて済むのは好都合だ。  だから白岡の身体を直で見た訳ではないのだけれど、心なしかシャツ越しのその背中が以前より頼りなく思えた。  すみません、と視線を外す利人に白岡は良いよと苦笑いを零す。 「じゃあ利人君に癒してもらおっかな」 「へ? ――うわっ」  白岡は腰を上げのそりと利人の上を跨いだかと思えば、よっこらせと言って後ろから利人を抱き込む。 「霞さん⁈」 「利人君抱き枕」  ふふ、と囁くような笑い声が耳元で聞こえてくすぐったさに身をよじる。利人は言い返そうとするもそれは空気を咬むだけで溜息となって擦り抜けた。 (何かこれ恥ずかしいな)  居たたまれず、シャワー行くのでと言って離れようとすると利人の身体に回った白岡の腕がきつくなる。 「もうちょっとだけこのまま……駄目?」  ずるい、と利人は思う。そんな風に子供のように言われたら断ろうにも断れない。  ちょっとだけですよ、と言うと白岡はありがとうと言って静かになった。 (やっぱり疲れてるのかな)  今日の白岡はいつもより甘えただ。間もなく聞こえてくる規則的な寝息に釣られるようにして利人も目蓋を閉じた。  そうしていつの間にか眠っていた利人が目を覚ますと、ぼんやりとした視界の中に椅子に座って本を読む白岡の姿が浮かび上がる。 「すみま……ッ! いッ」  ずきりと腰が痛み顔が引き攣る。急に飛び起きた為に行為後の身体が悲鳴を上げたのだ。 「利人君、大丈夫?」  頷き時計を見る。どうやら眠ってしまってから三十分以上経っていたようだ。利人はさっと青ざめ白岡に向かって頭を下げる。 「すみません、急いで着替えます」 「ああ、良いんだよ。僕こそぐっすり眠らせてもらったし。それともこの後用事でもあるのかな」 「いえ、そういう訳では」 「ならゆっくりすれば良い。シャワーも浴びてから帰りたいだろう?」  脱いだ服に手を伸ばしていた利人は、ね、と微笑む白岡を見て申し訳なさそうに頷く。何故白岡が起きた時に自分も起きなかったのかと自分が恥ずかしかった。  ではお言葉に甘えて、と手早くシャワーを浴び服に着替えて部屋に戻ると、白岡は利人が起きた時と同じように本を読んでいた。 「思想史関連の本ですか?」 「ううん。そういえば利人君、夏の集中講義は何か取ったの?」 「はい。考古学の講義を一つ」  本好きとしては何の本か興味があるが話を変えられてしまった為に聞くタイミングを逃した。  タイトルが見えないものかと白岡の指の間から読もうとすると、ぱたんと本が閉じられ差し出される。 「これ、貸してあげるから読むと良い。きっと楽しめると思うよ」  真新しいその本のタイトルには『考古学』の文字。  そして見覚えのある著者の名前に、あ、と小さく呟いた。  まさかその著者と海で戯れ、ましてやいかがわしい映像を観る事になろうとは一体誰が予想出来ただろうか。

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