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ハッピーハッピーニューイヤー〈3〉

 夕は利人の身体をぎゅうと抱き込むと利人の赤いマフラーに鼻先を埋めた。 「はあ……利人さん持って帰りたい……」  今すぐ抱きたい。  いや、むしろ抱かないなんて選択肢はない。 「利人さん、俺良い子で待ってたでしょう? ご褒美ください。タクシーならうちまですぐだから……ねえ、続き、しよ」 「そ、そういう訳にいかないだろ。椿さんにバレたら怪しまれるし、朝はお互い自分の家族が揃う訳で……」 「朝が来るまでに帰すから。それともこれ、このままでいいんですか?」  下腹部を密着させると互いの硬くなったものが擦れ合い利人の唇から小さく嬌声のような吐息が零れた。 「お願い、利人」 「ゆ、夕……っ」  利人の尻をいやらしく揉み、愛らしくひくついているであろうそこへ布越しに触れようとしたその時、がさりと音がした。 「あっ」  転んだように近くの垣根から顔を出しているのは見知った顔。 「……紅?」  夕が胡乱げに視線を向ければ鴉取(あとり)紅は「えへへ」と後頭部を掻きながらそそくさと立ち上がる。そして当然のように同じ垣根から藍が顔を出した。 「いやあ、別に覗き見してた訳じゃないんだけど! たまたま近くを通り掛かったら何か声が聞こえたもんだから、それで!」 「そうそう、見えちゃっただけだから。あ、もう行くからお構いなく続きどうぞ」  利人に夢中で全く気付かなかったが、どうやら見られていたらしい。ばたばたと――焦っているのは紅だけだろうが――退散していくふたりを内心舌打ちして見送る。邪魔が入ってしまった。 「じゃあうち行きましょうか、利人さん」 「いやいやいやいや今のな、なん、見られ……⁉」 「あいつらなら知り合いだから平気ですよ。俺達の事も知ってますし」 「そうなの⁉ そっか……それなら安心……しないわ阿呆か!」  さらりと笑顔で切り替える夕に対し利人は両手で顔を覆って項垂れる。  しかも利人の下へ陽葵から着信が入ると「今行く!」と言って歩き始めてしまった。 「ちょっと利人さん⁈」 「帰るぞ! お前んちには行かない」 「えー! そんな殺生な!」  お互いその気になってたのに、と言うと利人は無情にも「俺はなってない」と冷たく言い放ちずんずんと足早に進んでいく。 いや絶対なってた、とは言わないでおいた。今利人が顔を真っ赤にしている事は分かっているし、頑固な利人の事こうなってしまったらもう彼の意志を曲げる事は難しい。折角久し振りに会えたのに余計にへそを曲げさせる事はないだろう。 夕は知らない。利人がここ一ヶ月院試と卒論に集中するあまり自慰さえしていない事。それゆえ自分でも気づかず溜まっていた事。――今、利人の下着は先走りでぐっしょりと濡れそぼりかなりぎりぎりの状態だった事。 辛うじて自尊心を守る事の叶った利人はほっとしているが、もし夕がこの状態に気づいていればこのまま利人を帰す事はなかっただろう。  そうとは知らない夕は双子を恨んで、はあと盛大な溜息を吐く。そうして利人の後を追い掛けるとその背中が突然ぴたりと止まった。 待っていてくれているのだろうかと思いながら利人の顔を覗き込むと、数メートル先に居並ぶ屋台の灯りを受けてその顔が橙に染まっているのが見える。 「俺がこっちにいる間、会おうって話してたろ」 「ああ、はい。いつ会えますか? 今日は流石にご家族で過ごされますよね」  うん、と頷く利人はどこかぎこちない。そして俯いたまま夕のコートの裾を摘まんだ。 「実は、二日と三日うちの両親旅行でいないんだ。何かペアチケット貰ったとかで。伊里乃も二日の夜は友達の家に泊まるらしくて。だから、その…….....うち、来るか?」  橙色に照らされた利人の顔は頬も耳もほんのりと赤い。それはきっと寒さだけのせいではないのだろう。  高鳴る感情に突き動かされるまま、唇の表面を押し付けるだけの優しいキスを贈る。 「夜這いしに行きます。散々焦らされたんですからいっぱいえっちな事しましょうね」  ああでも、デートもしましょうね。そう耳元で囁くと利人は一層頬を赤らめて唇をきゅっと噤んだ後小さく頷いた。  初詣は今しているからどこへ行こう。外だと手を握る事も容易には出来ないからまったりおうちデートも良いかもしれない。そうしたら沢山イチャイチャ出来るし、夜には誰にも気を遣わずたっぷりと愛し合うのだ。  合流した陽葵に「めっちゃご機嫌だね」と言われたから相当緩み切った顔をしているのだろう。  鞄の中にはこっそりと用意した遅ればせのクリスマスプレゼント。手袋なんて定番だけれど喜んでくれるだろうか。  利人の事だから自分だけ用意していないと困らせてしまうかもしれないが、別に利人からは貰わなくてもいいのだ。勿論貰えるのならとても嬉しいけれど、夕にとって贈る事にこそ意味がある。  だってこれは言わばマーキングだから。自分が贈った物を利人が身につける、それは「この人は俺のものだ」と周囲に、そして利人本人に刷り込むことに他ならない。  そんな意図があるとは誰も気づかないかもしれないがそれでいい。暗示とは人の意識の下で行われるものだから。  混み合う行列に交ざりカランと五円玉を賽銭箱へ投げ入れる。 「何をお願いしたんですか?」 「内緒。そう言うお前は?」 「なら、俺も内緒です」  利人の手をこっそりと握ると、彼は一瞬戸惑いを浮かべながらも柔らかく微笑んだ。ぎゅうぎゅうと人がひしめき合う中で他人の手元を見ているような人はいない。  どうか、いつまでも利人さんの傍にいられますように。

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