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ハッピーハッピーニューイヤー〈2〉

――え、明日は羽月さんと陽葵さんと過ごす?」  その知らせを受けたのは十二月は三十日、翌日を大晦日に控えた夕方の事だった。 『そう。神社で年越しして新年を迎えてみたいって陽葵が前から言っててさ。俺も明日帰れそうだし、伊里乃も行くって言うからじゃあ四人で行こうかって』  卒論を提出し寝不足だった分を補うように昼間まで眠っていたらしい利人は、電話越しでも分かる程声がふにゃっとしていてまだ少し眠そうだ。  ああそんな声も可愛い、なんてうっとりしている場合ではないこの事態。  会えない時も連絡は頻繁に交わしていたのに利人が忙しくなるにつれそれも困難になっていた。今が一番大切な時だと理解していたから、どんなに寂しくても会いに行くのは自重したし声を聞くのも少しに留めた。  だから恋人の一大イベントであるクリスマスもスルーだ。恋人になって初めてのクリスマスだから楽しみにしていたけれど、到底会いに行ける雰囲気ではなかった。  それでも年末年始は帰省すると言っていたからそれだけを楽しみに、藍に「うわ、干からびてる」と眉を顰められながらも良い子で待っていたのだ。  我慢していた分欲だけはどんどん募っていく。大晦日の夜にこっちに来ると言うから、ならば一緒に新年を祝って深夜の初詣をしませんか、なんて誘おうとした矢先の事だった。  ――まさか、まさか先約があったなんて。おのれ越智弟。 「いいなあ」  心の底から羨ましい。妬ましい。恨めしい。  俺も行きたい、なんて素直で厚かましい感情があからさまに透けて見えたのだろう。 『お前も来るか?』 「行きます!」  即答だった。  更に欲を言えばふたりきりで行きたかったのだけれど仕方ない。自分が利人の立場なら絶対利人以外の人間なんて切り捨てるだろうが、義理堅く友人想いの利人にそんな選択肢ははなからないだろう。  せめて「ふたりきりが良かった」と心の中ででも想ってくれたなら飛び上がる程嬉しいのだけれど。  そうして久し振りに対面した利人は深夜の雪国仕様のせいか妙に着膨れていてちょっと可笑しかった。可愛いと言ったのは本心なのだが、揶揄われたと思ったのかむくれる利人はもっと愛らしくてつい頬が緩む。  辛うじて覗いている真っ赤な鼻と耳朶を見ていたら、それを可愛いと思う一方で齧りつきたい衝動に駆られてぐっと堪えた。触れるだけじゃ足りない。今すぐ抱き締めて柔らかな唇を奪って奥深くに隠された肌を暴きたい。  ふう、とひとりひっそりと溜息を吐く。  利人不足で欲求不満なのだ。つくづく遠距離恋愛に向いていないと実感する。毎日だって会いたいし触れていたい。貴重な逢瀬もいつもいつも抱き足りなくて時間が惜しくなる。  だから利人がひとり離れるという絶好のチャンスを逃す筈がなかった。 「俺もトイレに行ってくるので、おふたりは先に行っててください」 「えー、俺ら待」 「オッケー、じゃ行くよ陽葵」 「……うぃーす。夕君、ごゆっくり!」  手を振る陽葵とその隣に立つ羽月に視線を合わせ軽く頭を下げる。  利人は彼らに自分達の関係を伝えていないだろうしバレているなんて思ってもいないのだろう。けれど利人が知らないだけで彼らはきっとこの関係に気づいている。  夕の見立てでは羽月は完全に見抜いているし、陽葵も何となく分かっていそうだ。こんなふたりだからこそ自然に利人を誘導出来そうになければストレートに連れて行くところだったが、どうやらその手間は省けたらしい。  ちゅ、くちゅ、と深夜の境内で艶めかしい音が鼓膜に響く。  空気が冷たい分余計に利人の口の中が熱く感じられてその心地良さに浸った。  遠くから届く鐘の音を聞きながら熱い口腔を舐め上げ、舌を吸い、じゅ、と音を立てて余韻の残る唇を離す。 「あけまして、おめでとうございます」 「……おめでとう、ございます」 「キスしながら新年迎えちゃいましたね」 「――……‼」  利人が息を呑む気配が伝わる。暗いせいで頬の色までは読み取れないけれど、きっと真っ赤にさせているのだろう。  可愛い。  愛しくて堪らない。 「利人」  耳元で吐息がちに零せば利人はぴくりと身体を震わせる。ふたりきり、特に情事の時にそう呼んだ時の利人の熱っぽく艶を含んだ顔を夕だけが知っている。  再び舌を絡め、手袋を外した手で利人の耳に触れる。びくりと震えたそこへ今度は唇を寄せ、寒さで冷たくなったそれに軽く歯を立てた。 「――っぁ、待っ、夕、そろそろ戻らないと」 「大丈夫ですよ。羽月さん達には先に行ってもらうよう言ってあるので」 「で、でも……ひぁ、あッ」  耳の中へ舌を滑り込ませじゅるりと音を立てて吸えば利人の口から甘い声が上がった。  利人は耳が弱い。こうして耳を犯せば悶えるように身体を震わせ声を漏らさないよう手で口を塞ぐ事しか出来ない。  それでも耐え切れず零れるくぐもった声は十分夕の欲望を刺激する。耳への愛撫を続けながらダウンのファスナ―を下ろしセーター越しに利人の身体を掌全体で撫でた。  そうしてその指先は利人の胸の辺りを、つつ、といやらしい手つきでなぞる。それに気づいた利人が眉を顰め身を捩らせて夕の手を払おうとするも当然そうさせる訳もなく、布越しにぎゅっと胸元を摘まめば利人の唇から小さな悲鳴が漏れた。 「ばか、こんなところでやめ、ぅンッ……も、触るなぁ、ぁっ.....」  どん、と利人の背後にある樹木に張り付けるように押し付け脚で利人の股を刺激する。拒む声すら甘ったるい。 (何か、今日の利人さん.....) 利人のむせ返るような色香にごくりと生唾を呑み込んだ。  止まらなくなった夕は噛みつくように利人の口腔を暴き間接的に胸の突起と下腹部を犯す。直接触れていないとはいえ敏感になっているのか、同時に色んな場所を責め立てられた利人は悩まし気に瞳を淡く濡らして小さく震えていた。 そうして声を漏らさないよう必死に堪えている姿は酷く扇情的で、ずくりと下腹部に重たい熱が集まる。 (駄目だエロ過ぎる)  嫌なら殴ればいいのに、結局こうやって拒み切れず好きにさせてくれる。快楽に流されているのもあるだろうが、根底にあるのは利人の優しさだ。  それにしても今日の利人はやたらと感度が良くて心臓がどきどきして堪らない。薄らとしか顔が見えないのが惜しいが、ここで最後までする訳にいかないことを思うと逆に助かったと心から思うのだった。

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