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【番外編5】ハッピーハッピーニューイヤー〈1〉
寒さけぶる真夜中の日、一年の終わりにその神社は華やかに賑わっていた。
通りには色とりどりの暖簾を垂らした屋台が立ち並び、そこかしこに橙色の光を灯した提灯が人々の行く末を見守っている。
神社の入り口から少し離れた場所に車が停まり、中から一組の男女が寒い寒いと肩を震わせながら車から降りた。それに続いて口元までマフラーで顔を埋めた青年が降りて腰を屈めながら運転席を覗き込む。
「おじさん、ありがとうございました」
「良いって事よ、利人君。うちの子達よろしくなー、お前ら利人君に迷惑掛けるんじゃないぞ」
「分かってますぅー!」
「お父さん、後ろつかえてるから早く車出しなよ」
「うちの子達が冷たい!君達利人君の優しさと礼儀正しさもっと見習えば?!」
運転手、もとい越智父は半泣きで車を発進させ去って行く。走り去る車を見送る利人に対し親に冷たいと称された姉弟はさっさと先を歩いていて、利人は慌てて二人の後を追い掛けた。
今日は大晦日。年の瀬もあともう僅かという時に利人と越智姉弟は新年を神社で迎えるべくこうして深夜に集まっていた。本当は妹の伊里乃も来る予定だったが、少し風邪気味なので大事を取って休んでいる。きっともう寝ている頃だろう。
吐く息は白く道路の端には雪が積まれていて空気は氷のように冷たい。寒がりな利人はニット帽を耳が隠れる程目深に被り帽子とマフラーの隙間から赤い鼻を覗かせていた。
「お、夕くーん!」
張り上げられた陽葵 の声にどきりとして顔を上げると、視線の先、真っ赤な鳥居の足元に立つすらりと背の高い少年が爽やかな微笑みを浮かべて手を上げた。
黒い瞳と視線が交わりふっと愛おしそうに細められる。その柔らかな表情に美男子たる彼を遠巻きに見ていた周囲の女達の間でざわめきが起こるが、当の本人達はその事にまるで気づいていない。気づいているのは二人の甘やかな視線の間で空気と化してしまっている越智姉弟位だ。
夕君久し振り、などと越智姉弟が気さくに夕と言葉を交わす。じっと夕の顔を見上げていると視線に気づいた夕が利人を見てくすりと微笑んだ。
「こんばんは、利人さん」
「……ん」
じわり、じわりと胸の辺りがこそばゆい。優しい瞳に見つめられ夕のしなやかな指先で前髪を掬われる。ぴくりと睫毛を震わせると、つう、とその指先が帽子の下から僅かに覗く耳朶に触れ一瞬ぞくりとした。
「利人さん雪だるまみたい。可愛い」
それは父から借りたライトグレーのダウンと妹手編みのえんじのマフラー、そして白のニット帽でもこもこになっている機能性に特化したこの姿を揶揄しているのか。
対する夕はと言うと流石モデル、質の良さそうなグレーのコートに身を包みカーキのマフラーをラフに首に巻いて革手袋を嵌めた姿はスマートだ。こちとら毛糸の手袋に背中にはカイロも貼ってあるんだぞ。
「うるさいよ」と言って唇を尖らせると夕はくすくすと笑う。どきどきしていた気持ちはすっかりどこかへ行ってしまった。
六月の旅行先で心を通わせた利人と夕はめでたく恋人同士となり、遠距離ながらも仲睦まじく交際をスタートさせた。中々会えないものの夕が仕事で東京へ来た時や夏季休暇で帰省した時には一緒の時を過ごせたし、十一月には二人きりで温泉旅行のリベンジも成し遂げた。
しかし利人は大学四年次。内部進学とはいえ院試対策と卒論に追われて恋愛どころではなかったのも正直なところだ。それでも夏季休暇以降バイトも殆ど休み机に向かってばかりだった利人も先日ついに院試に合格し昨日は卒論も何とか提出まで漕ぎつけた。
ラストスパート、全力を出し切った利人は最早もぬけの殻。この一か月、夕からたまに電話が来ても何を話したかは全く覚えていないし自分からも院試に合格した時位しか連絡していない、と思う。
そんな状態だったからまるで随分長い間夕と離れていたような気持ちで。
夕に会えると思ったら何だか妙に緊張して、実際会ったら切ないのと嬉しいのと泣きたいような気持ちが溢れて堪らなかった。
屋台に囲まれた道を四人で他愛もない話をしながら歩いていつもと変わらない自分を装う。隣を歩く夕との間にある空気をこそばゆく感じた。
「俺トイレ行くわ。ちょっと待ってて」
「早くしなよ、もうすぐ十二時なるから」
「あいよ」
羽月に返事をして灯りの連なりから外れる。近場にある洗面所で用を足し終え外に出ると、後ろから強く腕を引かれて瞠目した。
「……夕?」
びっくりした、と呟くと利人の腕を掴んだ夕は「こっち来て」と言って暗がりへと利人を連れて行く。
移動した越智姉弟のところへ近道をして連れて行ってくれるのだろうと思っていた利人は夕がどんどん明るい通りから外れて行く事に戸惑い始める。そうして夕が足を止めたのは人気のない真っ暗な林の中だった。
「夕? こんなところ連れてきてどうかし――んッ、」
吐き出した白い息ごと食べるように夕の唇が自分のそれへと重なり、薄く開いた口腔へ夕の熱い舌がねじ込まれる。唐突に交わされた深く熱の籠った口づけに利人は誘われるがまま応えた。
舌を絡め、首に腕を回し、久し振りに交わされるそれに夢中になる。
「ぁ、んぅ……っふ、はぁ……」
「利人さん……やっと、会えた」
酷く熱っぽいその低い声にぞくぞくと腰が粟立つ。すると耳元で囁かれただけなのに下半身がきゅうと強く疼いて、まるで達してしまいそうな感覚に襲われた。
「――ッ」
利人は思わずぎゅうと夕の身体にしがみつき、遠のきそうな感覚を必死で繋ぎ止める。
強く抱き締められた事が嬉しかったのか、夕は再び利人の名を呼ぶと互いに抱き締め合う形となる。ぶる、と身体を震わせながら全身を駆け抜けそうになった甘美な痺れを何とか逃した利人は、そっと安堵の吐息を零して夕の身体に顔を預けるのだった。
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