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両片想い20

『せっ……。こんなところで油売ってて、大丈夫なのかよ?』  先生呼びが日常化しているせいで、すぐに課長とは呼べないか。 「お前と一緒に入社した女子社員と、和やかに談笑中だ。俺よりも若い女の子のほうが、向こうさんも嬉しいだろうさ」  壮馬の脇から両腕を伸ばし、急須に入れたばかりの茶っ葉を、シンクの中に勢いよく捨てる。もったいないが致し方ない。 『ちょっ、せっかく入れたのに!』  ふたたび文句を言い出す壮馬を尻目に、適量の茶っ葉を急須の中に手早く投入してみせた。 「やったことのない仕事は誰かに訊ねるなり、ググって調べたりして、少しでも完璧にこなす努力をしろ」  シャープなラインを描いた頬の柔らかい部分に、唇を押しつける。ぐずる壮馬を宥めるには、これが一番なんだ。 『課長……』  もの欲しげな視線が、俺の心をここぞとばかりにくすぐった。  本当はこんなふうに肩に顎をのせて密着したり、頬にキスしたりするなんて危険な行為は、会社でしちゃいけない。だけど一緒にいられるという嬉しさのせいで、自然と壮馬を求めてしまう。 (できることなら呼吸が乱れるキスを、唇でかわしたい。ここが会社じゃなくふたりきりなら、絶対拒まずに流されているというのに――) 「先方を待たせてるんだ。早めに用意してくれ」  まぶたを伏せながら、近づいてくる顔に向かって言い放つ俺のひとことは、とても冷たいものになってしまった。  上司としては間違いない命令をしただろうが、恋人としては最低だと思えるものだった。 『はい、分かりました』  寸止めされた壮馬の気持ちが分かるだけに、二の句が継げにくい。 「お前が淹れたはじめてのお茶、期待してるからな」  無理やり笑顔を作って言うなり、逃げるように給湯室から飛び出す。廊下に出て顔を俯かせながら、胸元をぎゅっと押さえた。 「白鷺課長、大丈夫ですか?」  聞き覚えのある女性の声は、隣の課にいる最近入社したばかりの派遣社員だった。  自分をアピールしたいのか、何かあってもなくても、向こうから積極的に何度も声をかけられているので、その姿を見なくても分かってしまう。  ここのところは特に壮馬についての質問が多く、玉の輿に乗る気が見え見えなので、笑顔を交えながら嘘八百なことばかりを並べ立てていた。  まさかその現場を壮馬本人に見られるとは、思いもしなかった。

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