26 / 332

両片想い23

 着ていた上着を座っていた椅子に放り投げて、俺の視界から逃げるようにバスルームに向かう大きな背中を、黙って見送るしかできなかった。  できることなら見合いの話を、壮馬に聞かせたくはなかった。だけど、それ以上に知られたくなかったことは死守できた。  見合いを断ったあとに告げられた、社長の言葉――それは俺の心を、うんと暗く沈ませるものだった。 『壮馬も白鷺課長くらいの年齢になったら、見合いをさせようかと考えているんだ。あの子に似合う女性が、いるといいんだけど……』  親なら、子どもの幸せを願うのは当然のこと。見合いをさせてしっかり身を固め、結婚後の仲睦まじい姿を見たいんだろう。それだけじゃなく、そこから孫の存在も一緒に想像しているかもしれない。 「俺くらいの年齢になった壮馬くんは、今よりもずっと頼もしくなっているでしょうし、素敵な男性になっていると思います。案外見合いをする前に、綺麗な女性を射止めているかもしれませんね」  淀みなく語った俺のあのときの顔は、どんな表情をしていたのかさっぱり分からない。だけど告げたことは、間違いなく当たっている自信があった。  中学生の頃から彼の成長を見ているからこそ、否が応でも分かってしまう。親の七光りに負けないくらい光り輝き、誰もが憧れる存在になる。  耳に聞こえてくるシャワーの水音を聞きながら、自分のグラスにワインを注いだ。先ほどまで壮馬が座っていた椅子に腰かけて、グラスの中身を一気に飲み干す。 (今頃シャワーを浴びながら、俺の見合いの話を忌々しく思っているんだろうな。将来、自分が見合いさせられることも知らずに――) 「くそっ……。どんなに好きでいても、いつかは別れなきゃいけない未来が数年後に訪れるっていうのに、諦めきれないなんて」  空いたグラスに、ふたたびワインを溢れる手前まで注ぐ。手前に持ち上げて照明に照らしてみた。  ガーネットのような濃い色の赤は、壮馬に想いを馳せた深みを表す色に思えた。  別れを切り出すことはおろか諦めることもできず、立ち止まったままでいる己の恋に涙を流しながら、ボトルのワインをすべて空けてしまったのだった。

ともだちにシェアしよう!