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両片想い40

 恥ずかしさのあまりに、恋人を平手打ちするくらいの悪趣味な格好――しかも繋がったままできるものとなると、かなり限られそうだけど。  頭の中に、自分が知ってるアクロバティックな48手を思い描いていると、ものすごく小さな呟きが聞こえてきた。 「……済まなかった」 (――今の声は、さっきまで怒り狂っていた白鷺課長か?) 「なんで謝るんだよ。課長の嫌がることを、俺が無理やりしたのに」 「やめろって言う前に、先に手が出てしまった。しかも思ってた以上にクリーンヒットしたせいで、坊ちゃんの頬をそんなに腫らしてしまったのは、やっぱり俺が悪いからさ」 「キスひとつで、腫れがひくとしたら?」 「そんなこと、あるわけない…だろ」  ところどころ掠れた白鷺課長の声色は、何とも言えない感情の揺らぎを感じさせるようなものだった。艶めいたそれを聞いただけで、なぜだか胸がドキドキする。 「課長がキスしてくれたら、痛みが飛ぶって。ねぇしてよ」 「……分かった」 (キスしてる間はふたりとも目を閉じるはず。ちょっとくらいここから覗き見ても、バレやしないか……)  音を立てないように、そろりそろりと腰を上げて、長机からちょっとだけ頭を出し、声が聞こえている方向に視線を飛ばした。  俺の目に映ったものは、座ったままでいる社長の息子の肩に手をのせた白鷺課長が屈みこみ、顔を近づけるところだった。  目を開けたままでいる社長の息子は、唇が触れた瞬間を狙いすましたかのように、頬に当てていたハンカチらしきものを落として、白鷺課長の首に両腕をかける。 「ぅうっ!」  鼻にかかった呻き声と同時に、くちゅっという淫らな音がした。重ねられた唇は相手の呼吸を奪うようにぴったりと貼りつき、口内で互いの舌を絡ませているのが、見ているだけで分かった。  給湯室で覗き見てしまった白鷺課長のキスは、映画のワンシーンのように美しいものだったのに、目の前でおこなわれる互いを貪り合うキスは、アダルトビデオを見せられているような気分に陥った。 「あっ…ンン、は、ぁんっ」  聞いたことのない白鷺課長の甘い声に、思わず下半身が反応してしまう。それくらい、エロさを醸し出していた。

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