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なおしたいコト9
そんな慌てふためく俺を尻目に、克巳さんは声を立てて笑う。
はしゃぐようなその笑い声は、隣の部屋まで聞こえているんじゃないのかな。
「あのぅ克巳さん?」
普段どんなにおかしなことがあっても、こんなふうに屈託なく笑うことがない彼を目の当たりにして、俺は困り果てた。
(克巳さんを、ここまで笑わせるつもりはないのに――)
「将来総理大臣を目指そうという君が、早漏の治療に怯えながら俺にあれこれ訴えるところが、どうにも笑いを誘ってね。いやおかしい!」
俺の肩をバシバシ叩きながら、目にうっすら涙を溜めて笑う克巳さんに、ぷーっと怒ってみせた。
「酷いよ、その態度! アレは、マジでつらいんだからね!」
「済まない……。陵があまりに必死な顔して、俺に交渉するものだから。ぷぷっ」
「んもう、克巳さんってば」
両手で克巳さんの胸を押して、強引に距離をとった。
「悪かった。君の言うことを聞くから。ね?」
「本当に?」
「本当だよ。何でも言ってごらん、叶えてあげるから」
遠のかせた距離をそのままに、腰を曲げて姿勢を低くし、座ったまま固まる俺を上目遣いで射竦める。その表情からは、何を考えているのか分からない。
「俺の叶えて欲しいこと、は……。克巳さんと」
たどたどしく言いかけた瞬間、近づけられていた顔が元の位置に戻り、さっと背を向けられた。
克巳さんの背中を首を傾げて見つめていると、傍にあったキャビネットを開けて何かのファイルを取り出し、パラパラめくりながら俺の横に立つ。
「卑猥なお願いは、ベッドの中だけにしてくれ。今は仕事中だろう?」
「うわぁ、まんまと俺を引っかけるなんて悪い恋人!」
すると左手を腰に当てて、何を言ってるんだという顔で睨んできた。
「少しでも陵の仕事が早く終わるように、秘書としてやれることをしておいた。これを見てくれ」
持っていたファイルをデスクの上に置き、とある文面に指を差す。
「あ、これって――」
ファイルと克巳さんの顔を交互に眺めたら、睨んでいた目が優しげに細められた。
「早く、議員の仕事を終えてほしい。できそうかい?」
克巳さんが見せてくれたファイルには、要望書で調べなければならない資料が掲載されていた。しかも年代や地域別にいろいろ色分けして載っているお蔭で、見やすいことこの上ない。
「ありがとう。予定している以上に、仕事が捗りそうだよ。よくこれが必要だって分かったね」
「君が俺のほしいものをくれるように、俺も同じように返したいと思った。ただそれだけだよ」
「克巳さんのほしいもの?」
「俺のことよりも、今は目の前の要望書に集中してくれ、新人議員さん。あとの仕事が控えているんだからね」
やんわりと手厳しいことを言い放った、恋人兼秘書に口答えすることなく、しっかりと今日の業務を終了させた。
このあとにおこなわれる甘い仕事のために、必死こいて頑張ったのはいうまでもない!
克巳目線につづく
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