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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい13
「ベニー、どうした?」
袖を引っ張って揺さぶったというのに、それを無視して落ち着きなく首を動かす。
「ベニー!」
「一瞬でしたが、微かに匂いを感じたんです。野菊のような花の香りが……」
「だけどこの部屋は黄金ばかりで、草花はひとつも飾られていないぞ」
黄金の装飾品が溢れる部屋に足を踏み入れ、改めて周りを見渡しながら、ベニーが指摘した花の匂いを追いかけてみた。
「やっぱりそれらしきものはおろか、造花すらない」
「ええ、ですから違和感がございまして」
ベニーも僕と同じように鼻をくんくんさせながら、室内をあちこち眺める。
「男爵、何かお気に召すものでもあったのかい?」
突然背後からなされた問いかけに、びくっと躰が竦んでしまった。
「こっ、これはアーサー卿、勝手に失礼いたしました。まばゆい装飾が施された珍しい品ばかり置かれていたものですから、思わず引き寄せられてしまった次第です」
(背中に冷や汗を感じながら薄ら笑いを浮かべて、ペラペラと喋っている僕の姿は、伯爵の目にはさぞかし滑稽に映っているだろう)
「引き寄せられたと言ったのに、部屋に置かれているものには、一切触れていないようだが?」
「触れるなんてとんでもない。何かあった場合を考えたら、僕の資産では到底払いきれません」
「さすがは男爵、賢明な判断をされる。この部屋にある一部の骨董品は、ちょっとでも動かすと警報が作動するような仕組みになっていてね」
言いながら室内に入るなり、暖炉の上に並べてあった置物に素早く触れていく伯爵。
どの置物で警報が作動するのか分からなかったが、まるで子どもがいたずらをしているようなそれを、ベニーと一緒に黙って見つめた。すると数秒後には廊下から大きな足音が聞こえるや否や、ノックもなしにドアが大きく開かれる。
入ってきたのは、下働きをしているらしい若い男が3人。目に鋭さを含んでいる様子に驚き、慌ててベニーの影に隠れると、追いかけるように僕らの傍にやって来て、腕を伸ばしてきた。
「おまえたち、この方々は何もしていない。俺がテストをしただけだ。この間より反応が良くなったみたいで、安心した。この調子で頼むよ」
伯爵の言葉を聞くなり姿勢を正して一礼し、そそくさと出て行く。それを見てほっとし、ベニーの隣に並んだ。
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