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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい15
「男爵はリンゴが好きなんだって?」
「ええ、まぁ……」
僕の好みをどこで調べたのか、好物を話題に出してきた伯爵に、気の抜けた返事をした。
「お菓子作りが得意な料理人に、アップルパイを作らせた。それに合わせて、なかなか入手できない茶葉で紅茶を淹れさせてるから、一緒に食べてみてくれ」
肩に回された手がソファに誘導し、力任せに座らされる。そのタイミングで目の前に明るくて透明な茶色の紅茶と、シナモンの香りが漂うできたてのアップルパイが置かれた。それらを用意した執事が、恭しく頭を下げて退室する。
「薬が入っていないことを証明するのに、俺が先に飲もう」
僕が警戒しているのを察知しているのか、伯爵自ら紅茶を口にした。
「味わい深いこの渋みは、間違いなくアップルパイを美味くするに違いない。さぁ男爵、食べてみてくれ」
「アーサー卿、舞踏会で出された料理をたくさんいただきましたゆえ、お腹がいっぱいなのです」
お腹を擦りながら苦笑いを浮かべつつ、もう食べられませんを必死になってアピールする。出されたものに手をつけないようにするために、ベニーといろいろ策を練った。事細かい演技指導のお蔭で、伯爵の目の前で違和感なく演じることができた。
「それは残念だな、君が喜ぶと思って作らせたのに」
「申し訳ございません。アーサー卿のお心遣いを台無しにしてしまって」
「もとはと言えば、屋敷で出した料理のせいなのだから、そこまで気を落とさないでくれ。このアップルパイは、土産に持ち帰るといい。紅茶の茶葉をオマケに付けておこう」
「ありがとうございます」
紅茶だけでも飲ませようと無理強いするかと思いきや、あっけなく引き下がった伯爵の言葉に、嫌な感じを覚えた。
(いい予感は思いっきり外れるのに、嫌な予感というのは外れないものなんだよな。見えない何かかが、僕の傍で起きようとしている気がする)
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