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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい16
そんなことを考えた矢先だった。目の前に座っている伯爵が、頬をニヤニヤさせた。
口元を歪める下品な笑い方に眉をひそめた瞬間、僅かだったが鼻先に何かが香る。豪邸と表現できるこの屋敷には似つかわしくない、とても質素で地味な――。
「これは、野菊の香り?」
勿論、隣の部屋同様に、この部屋にも草花は置かれていない。それなのにベニーが最初に指摘した、野菊の匂いがすることに胸騒ぎがした。
「へぇ、多少は流れてくるものなんだな。隣り合っているから、それはしょうがないか」
「アーサー卿、貴方いったい……」
がたんっ!
伯爵の魂胆に底知れぬ何かを感じ、怯えて震える僕の呟きは、隣から聞こえた大きな音にかき消された。
「ベニー!?」
異変を察知して腰を上げた僕の腕を、伯爵が咄嗟に掴んで引き留める。
「行かないほうがいい。大丈夫、彼はただ眠ってるだけだから」
「ベニーに何をしたんですかっ?」
悲鳴に似た怒号が、無機質に室内に響いた。そんな僕の怒りも何のその、マイペースを貫くように伯爵は柔らかい笑みを浮かべる。
「執事殿には睡眠効果のある香の作用で、大人しく眠ってもらっただけさ。この後おこなわれる大事なコトの、邪魔をされないようにね」
ところどころアクセントを置いた伯爵のセリフに、全身から血の気が引く。
それでもこの状況を脱しなければと、無意識に掴まれている腕を振り解くべく、必死にもがいてみた。だがそれ以上の力で握り締められて、強引に動きを止められた。
「この手を放してくださいっ、嫌だ‼︎」
「男爵の腕を解放したら、このまま逃げる気なんだろう? そうなると置いてきぼりにされた執事殿が、どうなってもかまわないというんだね?」
「それは――」
「自分さえ助かればいい。男爵はそういう、卑怯な人間だったということなんだな」
伯爵の言い放ったセリフで、抵抗する腕の力が自然と失われてしまった。
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