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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい23
頭上から降り注ぐ声に、まぶたをしっかり開きながら顔を上げた。すると汚いものを見るような眼差しを真正面から受けたが、にっこりと微笑んでそれをやり過ごしつつ、口を開く。
「人の躰は、意外と脆いものなんですよ。あのまま踏みつけられて首の骨が折れたりしたら、伯爵が殺人者になってしまうじゃないですか。それを阻止したのでございます」
妙に静かな室内に、自分の声が反響した。ローランドの所在や安否を引き出すべく、次のセリフを頭の中で考える。
「何を言いだすかと思ったら。図太い神経をしている執事殿の首の骨が、簡単にぽきっと折れるはずもないだろう? それとも、いろんなプレイで鍛えられた躰と表現したほうがいいかい?」
目に眩しいくらいに真っ白いバスローブを身にまとった伯爵は、せせら笑って両腕を胸の前で組む。それを見ながら立ち上がり、踏まれた顔と汚れていそうなところを両手で払った。
「ほほぅ。俺に食ってかかると思ったのに、随分と冷静でいられるんだな」
「寝ている者の頭を踏みつける、常識のないお方に褒められるなんて、とても嬉しい限りです」
言いながら懐中時計の蓋を開き、時間を確認してみる。2時間半も惰眠を貪ってしまったことに、胸がキリキリと痛んだ。
「今のが褒め言葉に聞こえるなんて、どんな教育を受けたのやら」
「倒れてしまったグラスの中身は、元には戻りません。済んでしまったことよりも、これからのことを考えたほうが、建設的だと思うのです」
「済んでしまったコトで片付けられてしまう、男爵の心が可哀そうだと思うがね」
「どなたがそんなことを、ローランド様にいたしたのでしょう」
寝乱れた襟を正しながら伯爵に問いかけたら、眉を顰めて憎らしさを露にした。
「執事殿は自分と同じ目に遭う男爵のことを、ざまあみろとでも思って、ここでわざと寝ていたんだろう?」
「そんな神経でいられるのなら、最初からプレイに混じって差しあげます」
「誰が男娼出身の、お前なんかと一緒に……」
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