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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい66
「肉体労働者となりキツい仕事をして、大金を稼いでいたようです」
「そうか……」
「こんなこと平民では、ありふれた話でしょう。人によって、幸せな時間を過ごす長さは違うのです」
ベニーは俯かせていた顔をあげて、悲しげにローランドを見つめる。その視線を受けながら、過去の話を思い出した。
「男娼の館の仕事がつらくなったおまえは、ある日こっそり抜け出したんだったな」
「躰中ボロボロになっているだけじゃなく、お腹がすいて行き倒れているところに、奥様に拾われました」
「母のあの性格なら、捨てられた動物を拾う感覚だったのかもしれない。随分と我儘で、破天荒な人だった。子どもの僕に負けないくらいの我儘を、突然言い出すんだ」
肩を竦めながら、おかしそうにくすくす笑うローランドに、ベニーも微笑んで相づちを打った。
「お懐かしい話です。当時私から事情を聞いた奥様は、二つ返事で借金を返済し、遠くで仕事に従事していたケヴィンを、自分の屋敷に呼び寄せました」
「そこで出逢った母とケヴィンは、恋に落ちたというわけか」
浮かべていた笑みを瞬時に消して、吐き捨てるように告げたローランドを目の当たりにし、ベニーはまぶたを伏せる。
まさに、目と目が合った瞬間に落ちるべきところに落ちたのを傍で見て、そのときのショックが胸の痛みと同時によみがえった。
「互いに惹かれあったことは、私の目から見ても明らかでした。しかし奥様は当時、別な方と婚約しておりまして」
政略結婚をさせようとした両親に反発し、ありとあらゆる我儘を炸裂させていた恩人の姿を、ベニーは頭の中に思い浮かべた。
「父から聞いた話では、病気のせいで母の縁談は破談となり、結婚に行き遅れた自分が娶ったということだったが」
「表向きは、そういうことにしておりました。実際はローランド様を身ごもったため、破談となったのです」
ローランドはベニーに握られていた手をやんわりと外してから、無造作にベッドへ倒れ込んだ。
「別の男の子どもを身ごもった母なのに、父はとても愛していた。母の告げる我儘すら可愛いと言って、手を尽くして叶えようとしていたくらい……。だから僕は誰に何を言われようとも、自分の両親は彼らだと疑わなかった」
どこか素っ気なく告げた言葉に、ベニーは前を向いたまま、意を決して重たい口を開く。
「その朱い髪は、ケヴィンと同じもので――」
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