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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい74

*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.  伯爵の屋敷に顔を出すまでの間、ローランドはいろいろ悩み、ずっと笑顔を見せていなかった。  そんな暗い表情のまま、実際に出向いた伯爵の屋敷で未亡人に逢い、ショックな出来事が度重なったせいで、つらそうな顔ばかりしていた。だからこそ、こうして軽快なやり取りをすることができる奇跡に、ベニーは心からこの会話を楽しむ。  ハンドルを握る指先で、リズムを刻んでしまうくらいに、嬉しくてならなかった。 「だって、ベニーが片想いばかりしていたのは、揺るぎない事実だろう?」 「こんな私でも、両想いになったことくらい、あるんですけどね」 「えっ?」  大きな瞳を見開いて心底驚くローランドに、ベニーは諭すような言葉をかける。 「両想いを維持させるには、片想いをするよりも苦労いたします。問題に直面したとき、ひとりではなくふたりでのりこえなければならないことに、とてもパワーを使うんです。独りよがりでいたら、絶対に駄目になってしまう。そのせいで誤解を生み、すれ違ってしまうのですよ」  じっと前を見据えて語るベニーの背中を、ローランドは笑みを浮かべたまま見つめる。  思いやりに溢れる対応に、熱いものがこみあげてきた。それをやり過ごすために、頬を引きつらせながら口を開く。 「おまえの深い話を聞くと結局、両想いにすらなっていないような気がする。アーサー卿は、誰にでも愛の言葉を吐き捨てているのを知っていたのに、それを真に受けてしまった。自分が一番愛されていると、僕は勘違いしてしまった。まさに、恋は盲目ってことだよな……」  目頭に溜まった涙が零れないように、車の天井を仰ぎみながら顔を歪ませる。 「私は、両想いが壊れる怖さに怯えました。相手に自分を好きでいさせる自信が、まったくといってなかったんです」 「おまえがなにを恐れているのか、さっぱりわからない。魅力的なベニーが微笑むだけで、相手はノックダウンするだろう?」  鼻をすする音とともになされる質問を聞いて、ベニーはひょいと肩を竦めてみせる。 「ノックダウンしなかったローランド様が、よく言いますね」 「くっ……。確かに、そうだな」 「相手の想っている愛情の色と、私の色が違っていたんです。私のものはどす黒く、醜いものでした」  実際には見えないものの話をされて、ローランドは天井を見ながら首を傾げた。 「色?」  ベニーには見えて自分には見えない恋の色の話のお蔭で、沈んでいた気持ちが幾分まぎれた。

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