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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい77
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空気の重さを感じる薄曇りの中、伯爵の屋敷に車で向かいながら、いつものようにふたりは会話をかわしていた。
「ローランド様、伯爵にすぐにお逢いすることができて、本当に良かったですね」
「ああ……」
「決心は揺るぎませんか?」
今ならあとに引けることを、暗に示したベニーの言葉を聞いても、ローランドはなにも反応しない。
悩み抜いた上での決断――3日間男爵としての仕事をきちんと全うしながら、この先の行く末を考えた結論だった。
いつものようにハンドルを握るベニーは、前を見据えたまま運転する。それはローランドへの未練を、自分なりに断ち切るためだった。彼の執事として誠心誠意お仕えすべく、心を鬼にする。
「ベニー、事後処理は――」
「安心しておまかせください」
「本当に頼もしいな。助かる」
「そろそろ到着いたします。お見送りは」
「必要ない。僕を降ろしたら、そのまま屋敷に戻ってくれ」
端的にかわされる会話は、普段以上に短く、妙に冷めたものになった。
「ベニー、今までご苦労だった。ありがとう、感謝する」
静かに告げられた別れのセリフに、ベニーは一瞬だけ躰を竦ませてから振り返り、切なげに微笑む。ローランドは真顔のままで、大切な執事を見つめ返した。
ローランドの感情のなさは、まるで底なし沼を見ている感じだった。ベニーのかける言葉を聞いても、水面には波紋すらできない。そこにあるのは、真っ暗な闇のみ――。
感情を押し殺したのとは明らかに違う、それを目の当たりしたベニーは、素早く運転席から降り立ち、後部座席のドアを開けた。今まさに大空へ羽ばたこうとしている、ローランドの大きな翼を広げさせるために、思いを込めて声をかける。
「ローランド様、ご準備を」
じっと前を見据えた状態でいるローランドは、ふと瞳を閉じてから、ゆっくりと躰を反転させた。
「行ってくる。僕は必ず、永遠の愛を手に入れてみせる」
そびえ立つおおきな屋敷を仰ぎ見る主に、ベニーは深く頭を垂れた。
「貴方様のご成功を、心よりお祈りいたします」
湿った風が、ローランドの朱い髪を優しく撫でた。背中を向けて颯爽と屋敷に向かう主を、ベニーは車の傍らで、いつまでも見送った。
すぐに屋敷に戻るように命令されていたが、ローランドが実行することについての無事を願うべく、最期の我儘を優先させたのだった。
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