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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい84
「うっ!」
銃口を逸らしたお蔭で、顔面を撃たれずに済んだものの、銃身を掴んでいた右手に衝撃が走った。
「痛っ……」
反対の手で傷んだ手を掴み、醜く顔を歪ませながら肩を竦める伯爵を、ローランドは冷ややかに見下ろした。人差し指で引き金を軽く引き、隣にある安全装置を外す。
銃弾が詰まるなど、何らかの不具合で次の弾が充填されないと、銃の安全装置は外れない仕様になっている。なにかが外れる音とともに、人差し指にかかる手応えで、連射できることを悟った。
「この銃は僕を守るために、ベニーが常に持ち歩いているものでした。連射が可能なグロックは、銃弾が何発込められているでしょうか?」
静かに問いかけながら、愛する人の頭に銃口を向ける。ふたたび狙われる恐怖に、伯爵は躰を強張らせた。
「そ、そんなこと――」
全身の震えが意味をなさない声となって、口から吐き出される。
「17発プラス1発です。今使ったから、残り17発も使えるわけですが、アーサー卿はどこを撃たれたいですか?」
伯爵の額から滲んでいる汗が、涙のように滴り落ちた。蜂の巣にされるのを想像するだけで、手に受けた傷の痛みが吹き飛んだ。
「じゅ、17、は…、17発も撃つなんて、俺をどうして……」
「貴方を殺して、僕も死ぬからです」
きっぱりと言い放たれたセリフに、伯爵は無我夢中になって、乗っかっているローランドを両手で突き飛ばし、たどたどしい動きでベッドの上を這いずった。
「嫌だ! おまえなんかに殺されたくない。死にたくない! 頼むから、ひとりで死んでくれ!!」
伯爵の悲痛な叫びが虚しく響く中で、銃口が火を噴く。
銃弾は伯爵の脇腹に命中し、瞬く間にじわじわと鮮血が滲んだ。撃たれた痛みでベッドの上に背中を丸めて、うつ伏せになっている躰を、ローランドは無理やり仰向けにした。伯爵が逃げないように空いてる手で、肩根をぎゅっと押さえつける。
「今すぐ、僕に愛を誓ってください」
「なっ、なっ…なん、でっ」
「現世で愛し合った者が結ばれなかったとき、来世で必ず結ばれるようにするためです」
「そんな迷信っ、あるわ、け、ないだ、ろ」
何を言ってるんだというまなざしをローランドに向けた伯爵に、凛とした声色で語りかけた。
「迷信だろうと、僕は信じたい。愛しい貴方と結ばれるのなら、僕の魂を悪魔に売ってみせましょう!」
ローランドの悲痛な叫びを聞いた途端に、伯爵は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「おまえのよう、な、田舎の、男爵、を、愛する、わけが、な、いだろ」
「……………」
「俺が愛するの、は、裏切ることのな、いっ…金と、け、権力だけだか」
黙ったまま、勢いよく引き金を絞ったローランド。銃が花火のような音を立てた瞬間、弾が撃ち出された。
騒がしかった室内に、静寂が訪れる。至近距離で伯爵の喉を撃ち抜いたため、ローランドは吹き出す血をしとどに浴びた。
朱い髪から滴り落ちる血が頬を伝い、涙のように流れ落ちていく。
「僕はどうして、こんな男を愛してしまったんだろう」
絶命した伯爵の頬に触れてから、鮮血に塗れた銃口を自身のこめかみに当てる。
「ベニーの優しさが、今頃になって身に染みる。おまえを愛せなくて済まなかった」
安全装置が外れる音を合図に、瞳をゆっくり閉じた。自分に向かって柔らかく微笑みかける有能な執事の顔を、まぶたの裏に思い描く。
「ベニー、今まで本当にありがとう……」
ローランドは感謝の言葉を述べながら、人差し指に力を込めて、トリガーを引き絞ったのだった。
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