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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい86

「この獲物、先輩が食べますか?」 「見るからにそんな気持ちの悪い色の獲物なんか、食う気が失せるっちゅーの! 絶対あとから、腹をくだすだろ」  嘔吐するようなリアクションつきで返答されて、ベニーの唇の端に笑みが浮かぶ。このあとおこるであろう悲劇を考えると、黒ずくめの男の明るさが救いになった。 「というかベニーちゃん、おまえの本当の仕事はなんだろうね?」  やれやれと肩を竦めながら近づいてきた黒ずくめの男の前に、先ほど仕留めた獲物をわざわざ突き出し、見せつけながら口を開く。 「愛する者と、天珠を全うすることです」  まったく愛していないものを見せながら告げたことで、やる気のなさをあえてベニーは露呈した。 「それが仕事だというのにもかかわらず、いったい何がどうなって、こんな事態に陥ったんだよ?」  黒ずくめの男が言い終える前に、甲高い銃声が屋敷から聞こえた。 「あ~あ。おまえの主は、この世でやっちゃいけないことを、ふたつもしやがった……」 「……そうですね」  ふたりの視線の先に血のように真っ赤な色のオーブが、壁から抜け出てきた。力なくよろよろ飛び去る赤いオーブを、突如地面から現れた大きな左手が、握りつぶすように捕まえる。 「地獄の番人の手ですね」 「俺らも、ああやって捕まったよな。ま、俺の場合は大昔すぎて、薄ぼんやりしか覚えちゃいない」 「私は昨日のことのように、はっきりと思い出すことができます。愛する人を失う恐怖に突き動かされて自ら死を選び、ああやって捕まって、真っ暗な地面の奥底まで連れられたことも……」  しんみりと告げながら、透明になって消えていく大きな手を見つめた。 「ローランド様……」 「自殺しただけじゃなく、人を殺めてしまった罪は大きい。こうしてやり直しのできる、俺たちみたいな選ばれし人間にゃなれないね」 「そんなことはないと思います」 「なんで断言できる?」  ずばっと言いきったセリフに、黒ずくめの男が信じられないものを見る目で、ベニーを眺めた。 「私が自殺幇助をしたからです。私の傍でそれを見ていた先輩なら、わかりすぎるくらいにわかるでしょう?」  自分をしげしげと見つめる視線に瞳を合わせて、流暢に説明する。 「確かに。選ばれし人間の見届け人として、ベニーちゃんの傍にいる間は、透明になれるから、これまでの状況を見てきたけどさ。おまえのおこなったことすべてを、確認しているわけじゃないからな……」  ベニーの説明に、納得のいく顔をしなかった黒ずくめの男は、顎に手を当ててうんうん唸った。そんな彼から視線を外し、大きくそびえ立つ屋敷を仰ぎ見る。銃声を聞きつけた使用人の騒々しさは、聞き耳を立てる必要がないくらいの騒ぎだった。 「見ているだけで切なくなるような、もの悲しい赤い色のオーブを、私は見たことがありません」  先ほど目にした、ローランドの魂について語る。暗く沈みきったベニーの声に、黒ずくめの男はまぶたを伏せた。

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