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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい87
「まぁな。おまえが捕獲したオーブと比べりゃ、別な意味で食いにくくてしょうがない」
ベニーが愛した相手ということも、食欲が失せる原因のひとつだろうと考えついた。
「ですが妙な話ですよね。自殺や人殺しを禁じているくせに、私たちにはこうして魂を狩らせるんですから」
「そんなの、ヤツらの仕事を減らすために決まってるっちゅーの」
黒ずくめの男は伏せていたまぶたをあげるなり、白けた目でベニーを見つめる。
「ですね。人間の躰と自殺した魂を繋ぐために、わざわざ他人の魂を介入させて、無理やり保定させるなんて……」
自身の躰のシステムに文句を言ったことについて、同調するように何度も首を縦に振りながら、罵る言葉を吐き捨てる。
「しかも狩っていい魂は、粗悪品に限定されてるあたり、確信犯的にもほどがあるよな!」
「ですので、先輩にこれを献上します。遠慮せずにどうぞ♡」
爽やかな笑みを振りまいて、黒ずくめの男の前に獲物をずいっと差し出すと、顔面を思いっきり引きつらせながら後退りした。
「さっきも言ったろ、そんなもんいらねぇよ!」
「あのときのお礼ですって。ほら私が男娼の館から逃げ出して、奥様に拾われるまでの間、仮死状態になったじゃないですか。先輩から獲物を与えられなかったら、確実に死んでました」
右手人差し指をぴんと立てながら、過去の出来事を語るベニーの表情に、黒ずくめの男は一瞬息を飲む。口調はいつものようなおどけた感じなのに、笑顔の中に明らかな苦い色があり、目がまったく笑っていなかった。
「あのとき助けたのはおまえに死なれたら、俺の監視人生が一からやり直しになるからだよ! ベニーちゃんが誰かと天珠を全うした暁には、俺も一緒に生まれ変われるわけだし」
芝居がかったベニーの笑みに、黒ずくめの男の顔がさらに引きつる。
「生まれ変わり……できるのでしょうか」
「してもらわなかったら、俺が困るんだって」
しょんぼりしながら告げられた言葉に即答したものの、現状の雰囲気から自分の願いが叶わないことを、黒ずくめの男は肌で感じていた。
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