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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい95
「これは契約なんです。たとえ答えが分かっていても、交渉相手に明確な返事を得るまで、きちんと問いかけるものですよ。それがビジネスでしょう?」
ハツラツと告げられた言葉に、後部座席から疲れを吐き出すような、大きなため息が聞こえてきた。
「交渉相手ねぇ。実質俺のほうが立場が上だというのに、ベニーちゃんの掌の上で踊らされているとは嘆かわしい」
呆れ返る様子をセリフや車内から漂う雰囲気で感じて、ベニーは恐るおそる訊ねる。
「……嫌でしょうか?」
「嫌じゃない。俺にファイルを突きつけた上の人よりも、断然好みだわ。だけどよ、うまい具合に見つけることができたとしても、圧倒的な年の差を目の前にしたら、生まれ変わった主の恋は芽生えないと思うけどな」
ぐうの音も出ない意見に、ハンドルを握りしめるベニーの両手に力がこもった。
「300年も生きてきた先輩が言うと、言葉に妙な重みを感じます」
「いまさら持ち上げるなって」
カラカラ笑う黒ずくめの男の笑い声が、虚しく響き渡る。
「先輩の見た目は、僕とあまり変わり映えしませんけど、どうやって年齢を止めているのでしょうか?」
ベニーは疑問に思っていたことを、臆することなく素直に訊ねながら、ルームミラーで黒ずくめの男の顔色を窺う。胸の前で組んでいた腕を外し、両膝の上に肘を置いた手で頬杖をつく。面倒くさそうな感じじゃないことに、内心ほっとした。
「獲物を狩るタイミング。魂が肉体と離れそうになるときに、慌てて探すだろ?」
「ええ。毎回同じタイミングじゃないので、周期の把握が難しいです。さっきのように、そのときじゃないタイミングで狩って捕食しても、意味のない食事になりそうですが」
「その意味のない捕食が、年齢をとめるとしたら?」
「え?」
予想を超えた返答に、間の抜けた返事をしたベニーは、口を開けっぱなしのまま何度も瞬きをした。
「俺の場合は1週間に3回。この回数を導き出すために、毎日捕食するところからはじめたんだけどよ」
「毎日捕食……。周囲に落ちぶれた魂を持つ死に際の人間が、身近に都合よくいるとは思えないのですが」
告げられた内容の難しさに、眉を顰めた。そんな気難しい顔を見るためなのか、黒ずくめの男がシートベルトを外してわざわざ身を乗り出し、ベニーの耳元に顔を寄せる。
「都合よく死にそうな人間を、あらかじめピックアップしておくんだ。悪さをするヤツの周りには、大抵ゴミが蓄積しているものだろ」
「なるほど、勉強になります」
「ベニーちゃんなら、それくらい知ってるくせに!」
「買いかぶりすぎですよ、先輩」
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