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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい94

「適当ということは、最初に手にしたファイルから、なんとなく開いたページにいた、僕を選んだのですね?」 「なんでわかるんだ、怖っ!」 「300年も無駄に生き長らえたのなら、人選するのにも飽き飽きしていると考えたからです」 「無駄に生き長らえて、悪かったな!」  黒ずくめの男が車窓から運転席に視線を移したのを見て、切り込むなら今だと、言葉にアクセントをつけながら語りかける。 「先輩、だからこそ抗ってはみませんか?」 「は?」 「自殺したときの僕は、愛する人に嫌われて捨てられることが怖かった。そのことに囚われたせいで、死んだといってもいい」 「…………」 「ですが今は、どこまでも追いかけて捕まえたい。どんなに嫌われようとも愛したい気持ちで、躰中がいっぱいになっているのです。この命が尽きるまで――」  熱心に訴えたベニーの長いセリフに、黒ずくめの男は含み笑いを頬に浮かべた。 「主の生まれ変わりが、とんでもない性格の持ち主で醜いヤツだとしても、追いかけるというのか?」 「見た目や中身がどうしようもないくらいが、ちょうどいいでしょう。僕自身も、とんでもない人間ですからね」 「そうまでして誰かを愛したいなんて、俺は思えないけどな」 「自分の命をかけてもいいと思える人と、先輩はめぐり逢えていないだけ。とても残念な話です」  唇を歪ませながら意地悪く笑うベニーに、黒ずくめの男は思いっきり脱力する。 「おまえなぁ……」 「こんな僕と一緒に、人生を賭けて抗ってみませんか先輩?」 『人生を賭ける』という言葉を聞いて、瞬間的に眉を顰める。 「それって、博打という名のプロポーズみたいだろ」  見るからに断られる表情を垣間見て、ベニーは次の手を素早く考えた。 「確かにそうですね。それで、先輩の答えはどっちなんですか?」 「珍しいのな。バカにせずに答えを強請るなんて」  胸の前で腕を組み、珍しいというセリフをふたたび連呼した黒ずくめの男に、一瞬だけ振り返る。 「急かしたくもなります。だってローランド様とふたたび出逢えるかどうかの、人生の賭けなのですから」  言い終えてからニッコリ微笑んで、すぐに前を見据えた。 「ベニーちゃんに脅された時点で、俺にはイエスしか答えが残されていないというのに?」

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