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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい3
いきなり距離を詰めるなり、心配そうな様子を露にして、入念に観察するように僕の躰の隅々を見つめる。
「あ、あ、あの、大丈夫、です。日本語、ぉ、お上手ですね……」
殴られた脇腹は未だに痛かったけれど、背の低い自分の目線に合わせて、親しげに話しかけてくれた外国人に、作り笑いで接してみた。
「そこにいる先輩と一緒に、日本で暮らしていたことがあってね。第二の母国語みたいになっているんです」
言いながら大きなてのひらで、僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。最初に逢った外国人よりも物腰が柔らかく威圧感がないので、そこまで緊張せずに話せる気がした。
「ベニーちゃん、これからどうするんだ? 校長との話し合いは済んだんだし、今日はこのまま帰るんだろ?」
「すんなり帰るわけないです。このあとどうするかは、もう決まっています」
笑いかけた途端に、音もなく屈んで僕の膝裏に片腕を突き刺し――。
「えっ? なっ!」
「主人がつらそうにしているのを知っていながら、無視するなんてできません」
いとも簡単に僕の躰を持ち上げるなり、お姫様抱っこをされてしまった。されたことに対しての免疫がまったくないため、慌てて首元に両腕を絡める。
自分よりもうんと背の高い外国人。その高さもさることながら、スーツの下にある躰が想像していたよりもがっしりしていたことに驚きを隠せなくて、目を丸くした。
「ベニーちゃんってば、頭が混乱してるだろ」
「私が混乱?」
目を何度も瞬かせた表情はきょとんとしていて、どこかあどけない感じに見えた。
「ここはどこだ? 今のおまえに、主はいないっちゅーの」
「ああ、そうでした。ここは現代の日本でしたね」
赤茶色の瞳を細めながら、僕の顔をじっと見つめるまなざしは、見覚えがあるようなないような。
(どうしてだろう。はじめて逢ったばかりのこの人に見つめられるだけで、心が穏やかになっていく。僕のすべてを委ねて、つらいことや隠してることの全部を吐き出してしまい……)
「君の名は?」
抱き上げた外国人が、とても耳障りのいい声で問いかけた。
「ぼ、僕は明堂弘泰 です……」
「明堂弘泰くん、はじめまして。私はベニー・ロレザスです。明日からここの高校で、保健医として勤務します」
「あ、産休の先生の代理で――」
「ええ。タイミングよく怪我をしている君が、はじめての生徒になりますね」
「でも明日からじゃ」
「保健室の鍵はすでに預かっているので、自由に出入りすることが可能です。だからこそこのまま、君を見過ごすなんてできません」
小さく微笑んだ後に、保健室に向かって歩き出す。その歩行はまったくふらつかず、僕を抱えて歩いているとは思えないくらいに、振動を与えないものだった。
「とかなんとか言っちゃってー。ベニーちゃん嬉しいだけじゃないか」
少し後方からなされるひやかしに似た言葉は、渡り廊下に反響した。
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