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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい16

 明堂からキツいセリフと、突き刺す視線をまともに受けたベニーは、「経験豊富じゃありません……」という自身を否定するひとことを、震える声で告げるのがやっとだった。 「ロレザス先生、貴方の躰からは男を惑わす、色香みたいなものが漂ってるんです。その色香に当てられて惑わされたりしたら、大事な弟が穢れてしまう」  明堂が言い放った『穢れる』という言葉に、ベニーの眉間に深い皺が刻まれた。  彼の兄として、弟を守るためにキツいことを言ったことについて一応理解した。ベニー自身、彼に邪な想いはあれど、転移してまでこの世で一番愛しい人を追いかけたゆえに、このまま黙るつもりはなかった。 「大事な弟と仰ってますが、彼が校内でいじめられていることをご存知ですか?」  両拳を握りしめながら、怒気を含んだ口調で訊ねる。 「もちろん。弟本人から、報告を受けてます。それを聞いたうえで生徒会長として……、いや兄である俺ができる報復を、奴らに与えてます」 「報復とは、随分と物騒な言葉を使うんですね」 「当たり前のことです。強いものが弱いものを守る。家族として当然のことかと」  実際に報復しているのが、明堂の顔に自信となって表れることで伝わってきた。 「しかしながら君は、彼と血の繋がりはない」  ここに転移するにあたり、彼の身辺を徹底的に調べた――弘泰の父親が明堂兄の母親と結婚したため、兄弟になった。結婚後は他に子どもはいず、ふたりきりの兄弟だった。 「へえ、よく調べられているんですね」 「弘泰くんに特別な感情を抱いて、ます……」  ベニーが言い終える直前に、何もない空間からカツッという靴音らしき音が鳴る。明堂は目を凝らしてそこを見るが、原因がわかっていたベニーはやり過ごすように、言の葉を繋いだ。 「彼がどのような家庭環境にいるのか、学校生活をどんな感じで過ごしているのか。好意のある相手のことを知りたいと思うのが、恋心というものでしょう?」 「…………」 「家族だから、強いものは弱いものを守る。なんて情で彼を縛りつけるのは、いささか可哀想だと思います」 「弘泰は俺のことを愛してます。俺たちは愛し合ってるんです。兄弟愛なんていう、軽い情なんかじゃない」  きっぱりと言い放たれた言葉に、ベニーは息を飲んだ。 「ロレザス先生……」  さきほどよりも低い声で名前を呼びつつ、白衣の襟を掴みあげられた。同じくらいの身長なので明堂の顔が真正面にあり、嫌というくらいに視線がぶつかり合う。

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