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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい62

「僕じゃダメですか?」  とてもか細い声だった。それでも聞き逃さずに、ベニーはしっかりした口調で答える。 「ローランド様以上の輝きを持つ弘泰に、ダメだなんて言えるはずがありません」 「ベニー、ごめんなさい。男爵だった僕が貴方の想いに気づけずにいて」 「それもまた運命。お蔭でこうして、弘泰と出逢うことができたのです。悪いことばかりではありません」  柔らかく微笑むベニーは弘泰の手を引っ張り、強引に起こして胸の中に抱え込む。大切なものを扱うように、優しく抱きしめた。 「だけど僕はベニーを傷つける恋をした。好きになっちゃいけない相手だとわかっていたのに、情けないくらいにのめり込んで……。挙句の果てには僕に拳銃を渡して、つらい選択をゆだねさせるなんて、本当はしちゃいけないことだと思います」  腕の中で、つらそうに自身の過去の恋を語る弘泰のおでこに、ベニーはそっとくちづける。 「私には確信があったのです。だからあえて、拳銃をお渡ししたのですよ」 「確信?」  ゆっくり顔をあげた弘泰を、慈愛の含んだまなざしで見つめ返した。 「私が拳銃をお渡しして、結果的にはローランド様を自殺に追い込んでしまいました。自殺することによって甦るシステムを知っている人間が、直接手を下したことは、天界にとってよくないことだったのでしょう。だから弘泰の中から前世の記憶、つまりローランド様のことがかき消されたのです」 「甦ることがわかっていたから、自殺ほう助をしたんですか?」  ベニーは静かに頷き、黙ったまま弘泰を見下ろす。赤茶色の瞳が切なげに揺れていて、それを見ているだけで胸が苦しくなる。 「……私の我儘でございます。どうしても伯爵から、ローランド様を引き離したかった」  今まで聞いたことのないベニーの低い声。それは言葉が心に深く刻まれる声だった。  穴が開くような感じで、目の前にある顔を見つめる弘泰の視線から逃れるように、ベニーはまぶたを伏せてあらぬほうを見た。 「貴方の我儘は、僕にとって嬉しいものです。そんな顔をしないでください」  告げられた瞬間、声に導かれるように逸らしていた視線を戻す。そこには喜びを頬に浮かべた弘泰が、瞳を細めてベニーを見つめていた。

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