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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい61
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どれくらいの時間が経ったのか――目覚めたときにはベニーは瞼を腫らしたまま、涙を見せずに弘泰の手を包み込むように握りしめていた。伝わってくる温かみのお蔭で、心の底からほっとする。
「大丈夫ですか、弘泰」
「ベニーがずっと傍にいてくれた、から…大丈夫です」
「気分は悪くないですか?」
自分を心配そうにのぞき込んでくれる双眼すら、弘泰は愛しさを覚えた。かつて男爵だった頃に与えてくれた愛情と、寸分違わぬそれを感じて、微笑まずにはいられない。
「ベニーこそ、大丈夫ですか?」
「弘泰……。私の心配など」
「するに決まってるじゃないですか。だって貴方は、僕の大切な人だから!」
「たいせ、つ……」
「愛おしくて…堪らなく愛おしくて。こうしてずっと、僕の傍にいてほしい存在です」
握りしめられている手の上に、空いた手を重ねた。ベニーよりも小さな手のひらだったが、指先に力を込めて握ってみせる。
「僕はマモルから、いろいろなことを伝えられました。同級生に虐められたことや、兄さんに襲われたこともつらかったですけど、それ以上につらかったことがあります」
「弘泰のつらい気持ちを改めて口にするのは、さらにつらい思いをするのではありませんか? 私としては、とても気が引けます」
ベニーが弱りきった表情で弘泰を眺めると、凛とした意志の強いまなざしが注ぎこまれた。そのまなざしは、見覚えのあるものだった。
「……君にそんな顔をされると、惹かれる想いがますます止められなくなりそうです」
「?」
「すみません、話の腰を折ってしまいましたね。続けてください。私は大丈夫です」
弘泰は椅子に腰かけ直して背筋を立てたベニーのを見て、ゆっくり語りかけた。
「僕の傍に仕える執事のベニーを、第三者目線で見ることができたんです。男爵をしていた頃に見えなかったものが、はっきりわかった。その端々にベニーの愛が込められているのを、感じることができたんです」
「そうですか……」
「ベニー?」
妙に淡々とした口調に、弘泰は眉根を寄せてベニーの顔を見上げた。
「ローランド様は人見知りであらせられたのですが、そこを踏まえて領地の方々に愛されておりました。ご両親からもしっかりと愛情を受けて育ったお蔭で、とても良い環境下で育てられたのです」
「人々から愛されていたからこそ、ベニーからの愛も当たり前に受けていたから、気づけなかったのでしょうか」
「光は影を、影は光を好みます。私の持つ影よりも、うんと濃い影を持った伯爵に惹かれてしまったのは、ある意味運命だったのかもしれませんね」
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