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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい85
感情のない凍てついた言葉が、立ちすくんだままでいるベニーの足を動かした。言い知れぬ恐怖で退く分だけ、ローランドとの距離を遠のかせる。
「ベニーちゃん、必ず幸せになれよ。約束してくれ」
「そんなことわざわざ言われなくても、きちんと守ります」
「いいね、その塩対応。そうでなくちゃな。だから愛してしまったんだ……」
空色の瞳が認識できないくらいに細めて告げられた笑い声は、ベニーの胸にじんと染み入るものだった。
「ローランド!」
パンッ!!
ベニーの呼びかけをかき消す学年主任の手拍子が、振動を伴って辺りに響き渡った。その波動に驚き、ローランドから学年主任に視線を移すと、漆黒の手袋が霧状になり、その手から渦を巻いて離れていく。
やがてその霧は渦を増してローランドの躰を包み込み、一気に紅蓮の炎と化した。普段見ることのできる炎よりも、なぜだか紅い色が濃い気がした。しかも大きく燃え盛っているのに、まったく熱を感じられない、不思議な炎だった。
「こんな最期なんて、そんなの……」
目の前で全身を炎に包まれる姿に、ベニーはショックでこれ以上の言葉が出ない。
「ベニーちゃん泣くな。大丈夫、熱くない。苦しくないから」
いつものようにへらっと笑ってみせるローランドに、ベニーは同調して笑うことができず、首を何度も横に振り、いく筋もの涙を流す。
紅蓮の炎はローランドの躰を徐々に焦がし、短時間で炭に変化させた。炎が消えると同時に人型の炭は屋上の風であっけなく崩れ落ち、舞い上がってこの世から姿を消し去る。
「地獄の業火に身を焦がすなんて、本当に馬鹿な男だ。見守り人が対象に好意を抱き、ともに余生を送った事例があると伝えていたのに、あえてそれをせずに、自らの命を懲罰に使うとはな」
ローランドが立っていた場所には、ベニーの赤い紐だけがぽつんと残されていた。一緒に燃えなかったことを疑問に思いながら、屈んでそれを手にする。
「ベニー・ロレザス、警告しておく。俺の手を煩わせるような無茶はするな。おまえを守る者はいなくなったんだから、アイツの遺言を守りたければ、大人しくここで一生を送るように」
「わかってます。もう誰かを巻き込んで、こんな目に遭わせるなんてごめんです」
てのひらに爪が食い込むくらいに、赤い紐をぎゅっと握りしめた。
「理解しているようで助かる。さて、通常業務に戻るか」
身を翻して重い扉に手をやる学年主任の背中に、ベニーは思いきって声をかけた。
「聞きたいことがあります。お願いですから答えてください」
「おまえからの質問は、めんどくさそうなものの種類の気がする。だが一応耳を貸してやるか」
学年主任は顔だけで振り返り、ベニーの問いかけを待った。
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