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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい84

「親心なら、手をかけた子どもの顔を見ることくらいできるでしょう。どうして逸らしたままなのです?」 「やっと両想いになって、幸せを謳歌してるベニーちゃんを見たら、どうにも離れ難くなるから」 「それならなおさら、私の顔を見てください。親心を抱いてるなら幸せな顔を見て、きちんとお別れをしてほしいです」  ベニーはあえて親心という言葉を連呼して、ローランドに頼み込んでみる。 「…………」  自分の気持ちを伝えることによって、黙ったままでいるローランドの真意を確かめたが、無言を貫かれてしまった。 「先輩とは、もう二度と逢えないのでしょう? だったら後悔を残さないためにも……」 「ホント、ベニーちゃんは我儘だよなぁ」 「先輩が日頃から甘やかすせいですよ」 「確かに。いつも笑ってほしかったからさ」  軽快なやり取りのあと、ローランドはやっとまぶたをあげる。ベニーの顔を見た空色の瞳が、一瞬だけ見開かれた。 「ベニーちゃん、やっぱり泣いてるじゃないか。だから嫌だったんだ」 「私が泣き虫なことくらい、先輩は知っていたでしょう?」  鼻をグズグズしながら瞳を細めて笑うベニーを、ローランドはなにかに耐えるように、拳を握りしめながら見つめた。 「ベニーちゃんに逢えてよかった。誰かを好きになることをどうしてもできなかった俺が、他人を思いやれる人間になれたのは、おまえのお蔭だ。ありがとう……」 「先輩には大変お世話になりました」  ベニーの言葉を聞いたローランドは、握っている赤い紐を額に押しつけ、震える声で呟く。 「時間だ、出てきていいぞ」 「えっ?」  呟かれた言葉を待っていたかのように、屋上の扉から音もなく通り抜けて、学年主任が現れた。  幽霊のように半透明で現れたのに、ベニーの目で認識したときには、いつものように実体化した。自分が絶対に真似をすることができないそれに、上の者が保持する能力が未知数すぎて、刃向かうことができないと思わされた。 「今生の別れが惜しいのはわかるが、いかんせん時間がかかりすぎだ。無駄に後悔が残るというのに」  忌々しげに言いながら、スーツの胸ポケットから漆黒の手袋を取り出し、両手にはめる。ベニーは目を凝らして、その様子を眺めた。  漆黒の手袋の布地が、まったくもって判別できない。絹のような滑らかさがはめるときに見てわかったのに、まったくテカる感じはなく、見れば見るほどに黒い色が圧倒的すぎて、妙な圧迫感を覚えた。 「ベニー・ロレザス離れろ。巻き込まれるぞ」

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